ここで宮崎あおいと吉高由里子に感じられる「覚悟」について語ろう。 [吉高由里子]
「国民的女優」などという無意味な異名はさておき、宮崎あおいの素晴らしさと美しさをどう表現すればいいのだろう。
例えば「劔岳 点の記」。
浅野忠信と語らうシーンは、わたしに「ルートヴィヒ 神々の黄昏」の映画史上稀に見る逢瀬のシーンを想起させた。
あれはロミー・シュナイダーとヘルムート・バーガーによるものだった。
世界映画史上屈指とも言える2人のシーンと比較するのは大袈裟に過ぎると思う人もいるだろう。
しかし本当に、自然に「ルートヴィヒ 神々の黄昏」を思い出したのだ、仕方ない。
宮崎あおいと浅野忠信の語らいは「劔岳 点の記」の中で驚くべき山岳シーンと並ぶ名シーンだということを忘れないでほしい。
そう言えばこの穏やかなシーンの根底にあるのは「覚悟」というものだ。
死さえも予想される劔岳へ向かう夫の「覚悟」、それを毅然と送り出す妻の「覚悟」。
卓越した演技力があれば「覚悟」を演じることもできるだろう。
しかし宮崎あおいと浅野忠信の場合、演技力以前にある種の「覚悟」を持って「俳優」という存在であることは疑うべくもないと思うのだ。
だからこそ漂う、2人だけに出せる張りつめた美しさ。
吉高由里子もある種の覚悟を持って女優であることは間違いない。
それは「蛇にピアス」出演前後のエピソードや彼女が遭遇した事故の話からもよく分かる。
しかし普段の吉高由里子はその「覚悟」を自然とわき出る文学的表現や、気のいい(であろう)性格から来る冗談で柔らかに包み込む。
そんな彼女の個性をメディアが悪い方向に利用しなければいいがと危惧している。
例えば「劔岳 点の記」。
浅野忠信と語らうシーンは、わたしに「ルートヴィヒ 神々の黄昏」の映画史上稀に見る逢瀬のシーンを想起させた。
あれはロミー・シュナイダーとヘルムート・バーガーによるものだった。
世界映画史上屈指とも言える2人のシーンと比較するのは大袈裟に過ぎると思う人もいるだろう。
しかし本当に、自然に「ルートヴィヒ 神々の黄昏」を思い出したのだ、仕方ない。
宮崎あおいと浅野忠信の語らいは「劔岳 点の記」の中で驚くべき山岳シーンと並ぶ名シーンだということを忘れないでほしい。
そう言えばこの穏やかなシーンの根底にあるのは「覚悟」というものだ。
死さえも予想される劔岳へ向かう夫の「覚悟」、それを毅然と送り出す妻の「覚悟」。
卓越した演技力があれば「覚悟」を演じることもできるだろう。
しかし宮崎あおいと浅野忠信の場合、演技力以前にある種の「覚悟」を持って「俳優」という存在であることは疑うべくもないと思うのだ。
だからこそ漂う、2人だけに出せる張りつめた美しさ。
吉高由里子もある種の覚悟を持って女優であることは間違いない。
それは「蛇にピアス」出演前後のエピソードや彼女が遭遇した事故の話からもよく分かる。
しかし普段の吉高由里子はその「覚悟」を自然とわき出る文学的表現や、気のいい(であろう)性格から来る冗談で柔らかに包み込む。
そんな彼女の個性をメディアが悪い方向に利用しなければいいがと危惧している。







吉高嬢の言葉にはハっとさせられることが多いのですが、
ルコさんは
人の耳をして”みかんの缶詰みたい”というかわいらしい言葉は
吉高嬢が使いそうな表現と思われますか?
by 穣 (2010-01-31 01:02)
穣様
コメントあるがとうございます。
「みかんの缶詰」ですか。
それは吉高由里子が使った言葉でしょうか。
やや不自然さを感じなくもないですが・・。
RUKO
by 末尾ルコ(アルベール) (2010-01-31 01:30)
穣様
コメントあ「り」がとうございました。でした。
失礼いたしました。
RUKO
by 末尾ルコ(アルベール) (2010-01-31 01:31)
不自然なんですね。
では、違う人物の発言なんでしょう。
お返事ありがとうございました。
by 穣 (2010-01-31 01:52)
穣様
あ、でも詳しくは知りませんよ。
吉高由里子の「全発言」まではフォローできないので。(笑)
RUKO
by 末尾ルコ(アルベール) (2010-01-31 01:55)