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●80年代、ロード・ウォリアーズの登場で何が変わったか?失われたか? [「言葉」による革命]

●80年代、ロード・ウォリアーズの登場で何が変わったか?失われたか?

末尾ルコ「プロレス話題で知性と感性を鍛えるレッスン

プロレスの起源には諸説あって「どれが今のプロレスに直接つながっているか」を断定するのは難しいが、ストラングラー・ルイスやフランク・ゴッチ、ジョージ・ハッケンシュミットらの名が出てくる時代の試合内容がほとんどすべて地味な技で展開していたことは間違いない。
しかし「興行としてのプロレス」を成立させ、継続させるためには「お金を払ってくれる観客」が必要なことは言うまでもなく、時代が進むにしたがって次々と現れる「新しい娯楽」に対抗しながら集客を図り続けるプロレスという存在は、その観点だけでも十分に考察する価値があると言える。
初期のプロレスの試合は恐らく、ヘッドシザーズ、ボディシザーズ、ヘッドロックなどの絞め技を中心に構成されていたのだろうが、観客というものは「刺激」に慣れてしまうのが常で、興行主やレスラーたちは、より「見栄え」がし、より「強力そうな」技の開発の必要を迫られるようになったはずだ。
そうして改良を加えながら出そろった技が、80年代くらいまで「クラシックスタイル」とでも呼ぶべき価値を持って続いてきたのだと思う。
その80年代にはロード・ウォリアーズが登場し、「それ以前」とはほぼ断絶したプロレススタイルで多くの観客を魅了することになる。
わたしは必ずしもロード・ウォリアーズのファンではなかったが、この度何試合か観直して、確かにおもしろいことはおもしろい。
アニマル・ウォリアーがキラー・カーンの巨体を頭上にリフトアップし、しかも何度か腕を屈伸させるのにはあらためて驚いた。
ロード・ウォリアーズの影響は絶大で、同時に、「プロレスは変わるべき時期だった」必然もあったとは思うが、その代償として失ったものも多かったと思う。

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いっぷく

そうですね。舌出しアクションや暴虐の極みなど、キャラ作りとしては大成功でしたね。
ただ、日本に来た強豪レスラーたちにあったアスリート然としたシリアスさに欠けていました。
ダニー・ホッジとか、ブルーノ・サンマルチノとか、ドリーファンクジュニアなどのファイティングポーズは、ロードウォーリアーズのように派手ではないけれど、かっこいいんですよね。
猪木が日本プロレスを追い出される最後のシリーズは、NWAチャンピオンシリーズと言って、馬場、猪木、サンマルチノ、ドリーの4者のファイティングポーズが表紙に印刷されたパンフレットだったのですがそれぞれ個性的で身震いするほど魅力的で、でもロードウォーリアーズは漫画チックといいますか身震いはしなかったですね。
私は梶原一騎先生の影響で、プロレスのギミックについて、おかしいと思いながらも、でも信じよう信じるほうが面白いしという期間も結構長かったのですが、ロードウォーリアーズが、ドブネズミを食って育ったというような話をマネージャ―がしたとき、さすがにたいがいにしろよと思いました(笑)
ブルーザーが7つ大学を放校になったとか、馬場が大リーグのオファーがあるとか、小さくてももとになる事実があってホラを吹くなら信じることにしてもいいのですが。。
要するに、虚実ないまぜから、フィクションに特化するプロレスの先駆者だったのかもしれませんね。
by いっぷく (2017-06-20 01:27) 

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