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沢尻エリカ解雇報道について 3 [末尾ルコ(アルベール) 美学 生と死のあいだ]

●美を理解するのも美学、美を実践するのも美学。美を理解していても美を実践できていない人は、本当に美を理解しているのだろうか?
(美学に関するわたしの考察をフレーズとして書いていきます。同じフレーズが出るときもあるし、変わり、進化することもあります)

テレビのバラエティなどで「いい人」を演じていても、実際はどんな人間か分からない。
こんな単純なことが分かってないという人が思いのほか多い。
「いい人だと思ってたのに~」などというのは、もともと単純な認識不足から来ている。
しかし多かれ少なかれ、多くの芸能人が「いい人」ぶっているのは確かだろう。
ここに沢尻エリカの希少性がある。
沢尻エリカは決して「いい人」ぶらない。
嫌なことは嫌だとはっきり言うことを大人になっていないと見る向きもあるし、その見方は必ずしも間違ってはいないが、「大人になりすぎ」の人間はもはや似ても焼いても食えないものだ。
もちろん沢尻エリカの周囲にいる人間は不快な思いをするかもしれないが、一般のファンは幸いにも遠くから彼女を見ていることができる。
だから沢尻エリカの才能、美貌、そして一般社会では滅多に見られない正直さを楽しめばいいではないか。
「いい人」ぶって才能もないのにセコく儲けている連中の方が、よほど一般のファンを裏切っている。
バラエティ番組で椅子へ座ってたまに下らないことを言うだけのことしかできないタレントがどれだけ儲けているかすべてつまびらかにすればいい。
多くの人たちがバラエティ番組を観る気がしなくなると思うが。
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「ダンスマガジン」10月号、スヴェトラーナ・ザハロワSvetlana Zakharovaとオレリー・デュポンAurelie Dupont [愛とバレエ]

「ダンスマガジン」10月号。
表紙がツルツルだ。紙質が違う。
そうか、リニューアルしたのか!
少し重々しさも無くなっている。

で、ダニイル・シムキンの表紙をめくり、スヴェトラーナ・ザハロワSvetlana Zakharovaのページへ。
写真はイマ3くらいである。
しかし世界バレエフェスティバルのフィナーレで真ん中へ立てたことには素直に喜びのコメント。
この正直者が~。
もちろんスヴェトラーナ・ザハロワの幸福はわたしの幸福でもある。(謎めいた微笑)

そしてオレリー・デュポンAurelie Dupontのページ。
書いてました、来年のパリ・オペラ座バレエ公演に来日しない理由。
パリであるアンジュラン・プレルジョカージュの新作へ出演することを優先したのだとさ。
この正直者が~。
日本で「ジゼル」「シンデレラ」を踊るよりも、パリでプレルジョカージュの新作を踊ることが大事だなんて・・。
うん、わたしがオレリー・デュポンでもそう思うわ。

ああ、みんな正直者!

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小説 サワナミの永遠に報われぬ恋 21 あるいは嫌悪? [サワナミの永遠に報われぬ恋]

気になる異性がいくらか無様な言動をした場合、それを見た「気にしている異性」はどう感じるか。
大きく分けて2通りある。
より愛しく感じるか、あるいは軽い嫌悪を覚えるか。
あくまで大きく分けてであって、この間にいろいろな段階があるわけだし、この間から大きく逸脱する感情が生じることもある。
サワナミはこのと「軽い嫌悪」まで行かない程度の感情。
この場合「失笑」と表現すればいいだろうか。
しかし「失笑」の中にも、ときに「軽蔑」、ときに「嫌悪」、ときに「愛しさ」が含まれる場合もある。
サワナミの心にこのとき生じた感情は、「軽い軽蔑」に近かった。
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吉高由里子の個性と「カムイ外伝」・・「闇」の不在 [吉高由里子]

考えてみれば、崔洋一監督が「若者向けエンターテイメント映画」を手掛けたのは初めてか。
だから普段考えられない演出をしたのかもしれない。
この作品の否定的な観方の大きな要素となっているのがCGの使い方だ。
確かに多くのアクションシーンにCGが使われている。
木の枝や崖をピョンピョン飛びまわったり、いきなり現れるサメもCGであり、どうしてもチープに見える。
ただ・・問題は「原作」との兼ね合いをどうするかだ。
リアルな描写がド迫力の白土三平作品だが、「カムイ外伝」でも超リアルな中、いきなり忍者が木の枝をピョンピョン飛びまわるのも持ち味なのだ。
「なんでこんなに飛ぶの?」というくらい無造作に飛ぶ。
そのイメージを映像に変換すると、映画版「カムイ外伝」の「ピョンピョンCG」でもそれほど遠くないのだ。
その他「忍法」の描写も原作では「荒唐無稽」そのものだ。
だから映画版を観て「なんじゃ、こりゃ」と思うようなシーンも、実は原作のイメージとそれほど遠くない。
それでも映画「カムイ外伝」が成功と言えない大きな理由は、「闇」がほとんど描かれていないことだ。
「闇」のない映画は普通つまらないし、まして「闇」のない時代劇など成立しない。
そして吉高由里子ほど闇の似合う若手女優はいないのだ。
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「レッド・ドラゴン」ブレット・ラトナー監督 [末尾ルコ(アルベール)の成長する小さな映画批評]

「レッド・ドラゴン」ブレット・ラトナー監督

どうもエミリー・ワトソンは、わたしにとってきつい女優だ。芝居は上手いのだろうが、あの真ん中によった目はいわゆる「アップに耐えられない」顔だと思う。そのワトソンがレッド・ドラゴン(レイフ・ファインズ)の勃起した股間(画面には映ってない)を見て、「まあ!」と快哉を叫ぶシーンがあまりにバカバカしく、インパクトは絶大だ。

5点
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「メゾン・ド・ヒミコ」 [末尾ルコ(アルベール)の成長する小さな映画批評]

「メゾン・ド・ヒミコ」犬童一心監督

映像、脚本ともにとても充実した内容。細野晴臣の音楽もいい。ヒミコ役の舞踏家田中泯の存在感がまた抜群だ。どこか晩年のルドルフ・ヌレエフに似ている。柴咲コウの芝居のポテンシャルは低いなと再認識させられるが。

6点
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沢尻エリカ解雇報道について 2 [末尾ルコ(アルベール) 美学 生と死のあいだ]

●美を理解するのも美学、美を実践するのも美学。美を理解していても美を実践できていない人は、本当に美を理解しているのだろうか?
(美学に関するわたしの考察をフレーズとして書いていきます。同じフレーズが出るときもあるし、変わり、進化することもあります)

それにしても沢尻エリカの復帰予定作が「宇宙戦艦ヤマト」の実写版だったというのには驚いた。
原作の内容からして、CG満載の映画が想像される。
一般的にはかなり話題になるだろうが、個人的にはCG満載の映画にはとてもワクワクできない。
と言うか、今さら沢尻エリカに「清純」なイメージは誰も持ってないだろうから、映画で「悪」をやりきるなんてことになれば、噂が噂を呼び、映画館へお客さんがワンサワンサ(←古語)となるかどうかは知らないが・・。
逆に敢えて「清純派」を演じるというふてぶてしさも期待したい。

沢尻エリカが復帰するに当たって問題点があるとすれば、それは「別に発言」で休業に入った当時と現在では映画界の状況がかなり違うということだろう。
数年前は、若手女優として「沢尻会」「長澤会」の存在が取り沙汰だされていたように(実際あったかは別として)、沢尻エリカと長澤まさみが「2大スター」というイメージを世間も持っていたし、本人たちも意識していただろう。
しかし時代は早くも動いているのである。
長澤まさみがすでに大きく退歩しているのは誰の目にも明らかだ。
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「イメージの博物誌⑳ 天地創造」デイヴィド・マクラガン著 松村一男訳 平凡社 [ルコ的読書]

一気に違う次元へ連れて行ってくれる読書としては「画集」「写真集」もあるが、だいたい重くて大きいのです。つまり携帯に不便。
その点、「詩集」に一歩譲るわけだが、この平凡社の「イメージの博物誌」は神秘主義的傾向の内容がを厚ほとんどで、載っている図版も面白いものが多い。
訳文は硬いが、手の届くところに置いておき、魂が欲したときにページをめくるのもいい。
わたしの好きな図版は、ビンゲンのヒルデガルド「スキウィアス」写本の細密画、イギリスのヘルメス主義哲学者ロバート・フラッド「両宇宙誌」、ウィリアム・ロー編「ヤーコブ・ベーメ著作集」の図版など。
もちろんオディロン・ルドンなども大好きなのだが。

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「荒野の用心棒」 [末尾ルコ(アルベール)の成長する小さな映画批評]

「荒野の用心棒」セルジオ・レオーネ監督

このストーリーは解放感がなくて好きではない。真ん中でちまちまっとまとまっている印象なのだ。しかし映画としては、ダイナマイトの爆発、煙の中からイーストウッドが現れ、タメがたっぷりのガンファイトが展開・・これで十分満足する。

5点
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吉高由里子と時代劇の考察から忍者へ [吉高由里子]

別に大作でなくてもよい。
低予算でもおもしろい時代劇はできる。
問題は時代劇映画の魅力が分かる受け皿が少なくなっていることだ。
それは時代の流れの中でいた仕方ない部分もあるし、「もう時代劇なんて・・」と関係者もファンも諦めていた部分もある。
しかし時代劇は日本の大きな財産だ。
よく「いまだに外国人は日本といえば侍とか忍者とかのイメージで見る」などと嘆く人がいるが、
別にいいではないか、勘違いさせておけば。
「封建制度」「階級性」などといった当時の社会状況を抜きにすれば(もちろん「まったく抜き」にはできないだろうが)、「侍」や「忍者」はカッコいいものだ(そう思わない人もいるだろうけど)。
現実に侍や忍者が街角にいるくらいの方が(いないけど・・)、ずっと「日本」に威厳を感じる。
わたしは「外国人は日本のことを分かってくれないから」などという物言いがとても嫌いだ。
日本人のどれくらいが外国のことを理解しているというのか?

さて、大きく吉高由里子から話題が逸れて行っているが(よくあることである 美苦笑)、
最近「カムイ外伝」を観て、わたしは崔監督も松山ケンイチもリスペクトしているし、映画もそれなりに楽しみはしたが、「吉高由里子が出るのなら、このような時代劇ではいけない」と思ったことも事実なのである。

この話は続くことになろう。(ニコッ)

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