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●タル・ウィケンフェルドTal Wilkenfeldの「Chelsea Hotel」が沁みる。 [「言葉」による革命]

●タル・ウィケンフェルドTal Wilkenfeldの「Chelsea Hotel」が沁みる。

末尾ルコ「音楽で知性と感性を鍛えるレッスン

タル・ウィケンフェルドのベーシストとしての素晴らしさは楽器の得意な方にお任せするとして、ルックスもカッコいいのがタル・ウィケンフィールドのタル・ウィケンフェルドたるところであるッス。
ところがヴォーカリストとしても実に沁みるのがタル・ウィケンフェルドであって、ハスキーでやや素っ気ない歌いっぷりが疲れた夜長にしっくりくるわけだ。
「Chelsea Hotel」は惜しくも亡くなったレナード・コーエンの曲で、タル・ウィケンフェルドが歌うとまた違った感じになる。

いい歌が聴きたいならば、Tal Wilkenfeldの「Chelsea Hotel」、YouTubeでお試しあれ!

極限の愛、日常の愛、その言葉 2017年3月21日 [愛の景色]

(君のすべてへの愛)

すべてが素敵な
すべての時間を素敵にする


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〈「言葉」による革命〉・・・●末尾ルコ「人生を生き抜く言葉の戦士」講座~あなたはいかにして、「120歳超え」に挑戦するか?2017年3月21日 [「言葉」による革命]

●末尾ルコ「人生を生き抜く言葉の戦士」講座~あなたはいかにして、「120歳超え」に挑戦するか?

2016年5月某日、次の記事をアップしました。

・・・・・・

・2016年5月、世界最高齢と認定されていた米国人女性が亡くなりました。
スザンナ・マシャット・ジョーンズさん、116歳でした。
ご冥福をお祈りいたします。

そして今生きているわたしたちは、「ジョーンズさんを超えよう!」と、その人生への挑戦を誓いましょう!

・・・・・・

この時点で世界最高齢と認定されていたの116歳だったということについて、(凄いな)と感じると同時に、(まだそのくらいか)とも思いました。
116歳。
長いようで短い、短いようで長い。
そんな年齢ですね。
例えば今現在80歳の方であれば、「もう36年」。
どうでしょう。
今50歳の方であれば、「もう66年」。
今20歳の方であれば、「もう96年」。

「もう96年」と聞くと、かなり長いような気がしますね。
20年生きて、「もう96年」ですから。

スザンナ・マシャット・ジョーンズ以前には、1997年に122歳で亡くなったフランス人のジャンヌ・カルマンという女性もいたようですが、これらの方々は「認定された」という前提であって、そうでなけれ「130代で存命」といった話も見られます。

結局は「心技体」のコンディション次第だと言えますね。
心技体のコンディションがよい状態を保てれば、より長寿の可能性は増してくるでしょうし、心技体のコンディションを保てていなければ、いかに長生きしても人生を楽しめない。

ただ、今後平均寿命、健康寿命とも伸びていくのは間違いないでしょうし、個人によっては常識破りの長寿に達する可能性もあるとわたしは考えています。

さて、あなたは「今から」どう生きますか?


●原稿依頼などは、気軽にサイドバーのアドレスへご連絡を!

末尾ルコ詩D「猫、確信」篇。末尾ルコ「残酷なまでに美しい、格違いの映画『キャロル』について」。 [「言葉」による革命]

★「末尾ルコ 革命広場」/〈「言葉」による革命・「美」による革命〉[ハート]

★ 「言葉」で「あなた」はもっと強くなれる。
★ 「あなた」が強くなることで、「日本」はもっと強くなる。
高知から日本の隅々まで、末尾ルコ〈「言葉」による革命〉で、あなた自身があなたの住んでいる場所で「革命戦士の一人」に!

[スペード]現在実験的にブログをつついています。
? その一環としてブログテーマや順位は表示しておりません。

●末尾ルコ詩D「猫、確信」篇。

「猫、確信」

ところがあったんだ
夢の中では
午前中の
『外科室』の続編の
確信が

・・・・・・

「確信」という言葉は正しく、
ぼくと
ぼくの素敵なネコにこそ相応しい!

(毎日、「末尾ルコ詩D」を書いてみましょう!わたしの創ったものを写すのではなく、ご自分で創ってみるのです)


●末尾ルコ「残酷なまでに美しい、格違いの映画キャロル』について」。

末尾ルコ「映画で知性と感性を鍛えるレッスン

『キャロル』
格が違う、レベルが違う、とはこの映画のこと、『キャロル』。
トッド・ヘインズ監督の、必ずしも多いとは言えないフィルモグラフィの中でも、正に

「入魂の一作」。

「入魂」

監督、キャストら誰もが「入魂」してない映画など観たくもないが、「入魂」とは「力む」ことではない。

『キャロル』は、2時間足らずの時間が、甘美で残酷な幻燈のようにアッという間に流れていく。
「美」はいつも「残酷さ」を伴う。

「残酷さ」を伴わない「美」は、「ほのぼのお花畑」に過ぎない。

●原稿依頼などは、気軽にサイドバーのアドレスへご連絡を!

広瀬隆雄と言う人物が「ジジ・ババ」などという言葉を使って『ラ・ラ・ランド』について低級な文章を。 [「言葉」による革命]

広瀬隆雄と言う人物が「ジジ・ババ」などという言葉を使って『ラ・ラ・ランド』について低級な文章を。

広瀬隆雄と言う人物がいて、「米国の投資顧問会社で活躍」などという名目で文章を書いているらしいのだが、『ラ・ラ・ランド』に関して次のようなタイトルでくだらない文章を書いている。
・・・
「ラ・ラ・ランド」は何故ジジ・ババに共感されるのか?
・・・

その文章の中で、『ラ・ラ・ランド』の評価に関して「同調圧力が働いている」などと噴飯ものの物言いをしているが、さらに「ジジ・ババ」なんていう言葉を無神経に文章に使う低級さである。
本人の写真を見れば、ものの見事に「システム内の人間」というルックスなのに、何をアウトローぶっているのだ、この男は。

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●「プロ」と「強さ」の意味を考える。「ドン・フライVS高山善廣」をモチーフに。 [「言葉」による革命]

●「プロ」と「強さ」の意味を考える。「ドン・フライVS高山善廣」をモチーフに。

末尾ルコ「格闘技プロレスで知性と感性を鍛えるレッスン


例えば「プライド」が最盛期だった時代の名勝負の一つとされる「ドン・フライVS高山善廣」。
これは試合スタートと同時に両者が互いに片手で相手の頭部をホールドし、もう一方の手でノーガードの顔面を殴り合うムーブで観客を熱狂の坩堝と化した。
が、わたしはこの試合、あまり好きではない。
リアルファイトにしては、「やり過ぎ」なのである。
リアルファイトに対してわたし、そして多くのファンが望むのは、「どちらが強いか」を明確にする試合であって、「ノーガードで殴り合う」ことが「どちらが強いか」と大きく関わるとは思えない。
高山善廣はプロレスラーであって、他にもリアルファイトの試合に挑んだプロレスラーは少なからずいるけれど、高山は最も「観客に見せる」ことを意識していた一人だろう。
ドン・フライの方は言うまでもなく、マーク・コールマンが登場するまでは「UFC最強」だったファイターだけれどとてもプロ意識が強い。
だから高山との試合は「あうん」の呼吸で「観客を沸かせる」殴り合いになったのだろう。
結果はリアルファイトの力ではずっと上のドン・フライ勝利となったが、わたしとしては苦笑いしながら観た試合だった。

ただ、高山のトップロープを大股で跨いでリングインする堂々たる姿はいつも素晴らしく、と言うのは、リアルファイトに挑戦するプロレスラーは試合前からナーバスになっていることが多かったので、あるMMAファイターが高山について「プロレスラーはリングに立つだけで華やかで羨ましい」という意味のコメントをしていたのが印象的だった。

〈「言葉」による革命〉・・・●末尾ルコ詩D「猫、コーエン」篇。2017年3月21日 [「言葉」による革命]

●末尾ルコ詩D「猫、コーエン」篇。

「猫、コーエン」

レナード・コーエン
Various Positions』

「ヴァリアス・ポジションズ」
レナード・コーエン

物憂い午後にピッタリの
レナード・コーエン

薊野の
公園

・・・・・・

ぼくの素敵なネコのために
あらゆる公園を
もっと素敵にしたいのさ!

(毎日、「末尾ルコ詩D」を書いてみましょう!わたしの創ったものを写すのではなく、ご自分で創ってみるのです)