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●復帰のシャラポワ、ポルシェ・グランプリ準決勝でムラデノビッチに屈する。 [「言葉」による革命]

●復帰のシャラポワ、ポルシェグランプリ準決勝でムラデノビッチに屈する。

末尾ルコ「テニス観戦と社会観察で知性と感性を鍛えるレッスン

ドイツシュツットガルトで開催されているポルシェ・テニス・グランプリで、復帰したメリア・シャラポワはベスト4まで進出、結局今季好調のクリスティナ・ムラデノビッチに準決勝で敗退した。
わたしは復帰してすぐの優勝を期待していたが、それでもベスト4は上々の内容だったと思う。
それはさて置き、Yahooのコメント欄というのは「いったいどんな人たちが書き込んでいるんだ」と以前から興味があったが、マリア・シャラポワほどのスーパースター話題、コメント欄は「無知」「低級」「知性ゼロ」「嫉妬」の大盤振る舞い。
もちろん中にはテニスを理解した上でコメントしている人もいるけれど、大方が「テニスを知らないし、興味もないのにシャラポワは知っていて、何かムカつくから貶してやれ」というのが見え見えなんですわ。

Yahooコメント欄とか、(何でこんなものが存在するんだ)と思うことしばしばだけれど、「世の中、こんな手合いが多い」という観察対象としては優れているとも捉えられます。


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〈「言葉」による革命〉・・・●末尾ルコ「映画であなたの人生をより強靭に美しくする」~驚くべき『センチメンタル・アドベンチャー』と、イーストウッドの顔。2017年4月30日 [「言葉」による革命]

●末尾ルコ「映画であなたの人生をより強靭に美しくする」~驚くべき『センチメンタル・アドベンチャー』と、イーストウッドの顔。

クリント・イーストウッドはわたしが幼い頃から既に『ダーティハリー』だったのであって、しかもクリント・イーストウッド、そして『ダーティハリー』という存在は地球の大方を覆っていたのであって、それはもちろん現在「世界が認めたきゃりーぱみゅぱみゅ」とかいうお話とは次元の違う話なのである。
幼く頑是ないわたしにとってもクリント・イーストウッドの圧倒的魅力はビシビシと伝わってきたのであり、なにせその他に比較のしようがない、いい意味で「男そのもの」の顔に惚れ惚れしたのであり、例えば映画『アウトロー』で拳銃を両手に持ったイーストウッドのアップがポスターになっていたけれど、(ああ、こんな顔になりたいな)と思ったものである。
日本ではいつ頃からか、特に女性に「なりたい顔」のアンケートを取ったりしているが、わたしが子どもの頃に(なりたいな)と思ていたのは、クリント・イーストウッドとポール・ニューマンの顔である。
今はもちろん、「自分の顔が一番!」と思っているわけだが。

2016年6月、NHK BSで、クリント・イーストウッド監督・主演『センチメンタル・アドベンチャー』が放送されたが、この作品を鑑賞していたかどうか定かではなく、となれば「観るしかない!」ということで観てみたら、これが驚くほどよくできた映画で、いや実際、(もうこの頃から、凄過ぎるな、イーストウッド!)とあらためて痛感した。

『センチメンタル・アドベンチャー』の原題は『Honkytonk Man』。
出演俳優はイーストウッドのみがビッグネームで、実子のカイル・イーストウッドが「甥」役で、しかもほぼ助演格で出ているけれど、脇役の隅々まで見事な使い方
コミカルな部分では大笑いできるし、徐々に「高いレベルでの」人情物の様相を呈してくるけれど、それがまた心地いい。
さらに『許されざる者』との映像的共通点も、まったくストーリーは異なっているのに見受けられ、いやいや『センチメンタル・アドベンチャー』、映画初心者の方も必見である。


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〈「言葉」による革命〉・・・●末尾ルコ「ソフィー・マルソー腋毛問題」から、「プロレスラーと腋毛問題」へと。2017年4月30日 [「言葉」による革命]

●末尾ルコ「ソフィー・マルソー腋毛問題」から、「プロレスラーと腋毛問題」へと。

日本における「ソフィー・マルソー腋毛問題」。
知っている人は知っている、そんな「問題」であり、おそらく本国フランスでは何ら話題にもなってない、腋毛云々がフランスのファンの間で取り沙汰されることはないのだ。
では日本における「ソフィー・マルソー腋毛問題」とはどのような顛末だったのか?
お話は簡単、

某洋画専門誌のグラビアに掲載されていたソフィー・マルソーの写真の一部に「腋毛あり」のものがあった。

それだけのことです。
その写真は、確かレオタードのような服を着用したソフィー・マルソーが横たわり、片腕を上方へ上げているものだったが、その脇の下にうっすらと、しかしはっきりと腋毛が写っていたものだった。

「腋毛」に関しては、時代により、そして各国の習慣により、捉え方はまったく違うだろう。
ソフィー・マルソーが日本でも人気炸裂していた時代、「若い女性が腋毛」という状態は、日本では原則NGだった。
今は「敢えて腋毛を伸ばす」女性たちも、特に欧米で増えつつあるとも聞く。
個人的な感想を言えば、「不潔さを感じさせなければどちらでも」とは思うけれど、日本人の場合毛髪を含め、体毛は黒だから、「黒い腋毛がもじゃもじゃ」という状態は、いささかインパクトが強すぎるとも思う。
そう言えば、「連日上半身裸体でお客さんンの前に立つ」が基本のプロレスラーたちは、かなりの割合で、「剃り尽してはいない」までも、腋毛を「無難な程度」に処理している者が多い。

さて、あなたは「腋毛」についてどんなスタンスか?


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末尾ルコ詩D「猫、椎の木」篇。末尾ルコ「今、一番好きな女優、サラ・ガドン論、その美、話し方」その4。~あるいは極小の現代ハリウッド女優史。 [吉高由里子]

★「末尾ルコ 革命広場」/〈「言葉」による革命・「美」による革命〉[ハート]

★ 「言葉」で「あなた」はもっと強くなれる。
★ 「あなた」が強くなることで、「日本」はもっと強くなる。
高知から日本の隅々まで、末尾ルコ〈「言葉」による革命〉で、あなた自身があなたの住んでいる場所で「革命戦士の一人」に!

[スペード]現在実験的にブログをつついています。
? その一環としてブログテーマや順位は表示しておりません。

●末尾ルコ詩D「猫、椎の木」篇。

「猫、椎の木」

椎の木を
思い出せ
あるいはこうも言おう
椎の木の時代を!

・・・・・・

どんな時でも変わらない
ぼくの素敵なネコの時代!

(毎日、「末尾ルコ詩D」を書いてみましょう!わたしの創ったものを写すのではなく、ご自分で創ってみるのです)

●末尾ルコ「今、一番好きな女優、サラ・ガドン論、その美、話し方」その4。~あるいは極小の現代ハリウッド女優史。

末尾ルコ「映画で知性と感性を鍛えるレッスン

さて、ここではっきり書いておきますが、現在のハリウッド、女優たちは間違いなく、70年代以降では最も充実した人材が揃っています。
20代の若手を取ってみても、ジェニファー・ローレンス、エマ・ストーン、ブリー・ラーソン、アリシア・ヴィキャンデルと、ここ数年でアカデミー賞を獲得した女優だけでもズラリとこれだけいます。
しかも皆、いわゆる「一発屋」ではなくて、今後素晴らしい映画史を築いてくれそうな女優ばかり。
そして皆、「綺麗」です。
アメリカン・ニューシネマの影響などもあり、70年代辺りに活躍した女優は、「いい女優」はもちろん多くいるけれど、「綺麗」な女優は少ないですね。
もちろんフェミニズムの影響もあるでしょう。
「女性が綺麗とは何だ?それは歴史的に男が女に強制してきただけのものではないか?」という考えも一理はあると思うけれど、「それがすべて」ではありません。
伝統的に「女性美」と言われ続けているものは、「男性が女性に強制してきた」だけで片付けられるものではなく、もっと普遍的な「美」なのだと思います。

で、映画に「美」がなくて、どうする・・・なんですね。

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●時を超えてやってきたのか?「フィンガー5晃」が2017年の高知「どろめ祭り」へ! [「言葉」による革命]

●時を超えてやってきたのか?「フィンガー5晃」が2017年の高知「どろめ祭り」へ!

末尾ルコ「昭和文化史の話題で知性と感性を鍛えるレッスン

そう、それはわたしが過去にタイムスリップしたか、あるいは「あの人」が時を超えて2017年へやってきたのか?
4月29日の高知新聞朝刊第4面下部の広告欄に、

「フィンガー5晃 歌謡ショー 12:20~」

と掲載されているではないか!
(え?フィンガー5の晃??)
これは夢か、幻か、いや、どうやら現実のようだ、フィリップKのディックさんよ!
それは高知県香南市赤岡海岸で行われる「第60回どろめ祭り」の中でのイベントだとされている。
「どろめ祭り」とは、「大杯飲み干し大会」を中心とする祭りであって、でっかい杯で酒を一気飲みせねばならない催しはどうかという気はするが、多くの参加者は唇から酒をどんどん地上に落下させているのも事実である。

それはさて置き、フィンガー5.
晃のハイトーンボイスと、今見てもなかなか粋なアクションで一世を風靡したグループだ。わたしも子どもの頃、「お楽しみ大会」的なイベントで女子たちと組んでフィンガー5の『個人授業』か『恋のダイヤル6700』か『学園天国』か忘れたが、熱唱した記憶があるぞ。

というわけで、フィンガー5の晃、検索すればブログなんてのもやってるのですね。
ふ~む。


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〈「言葉」による革命〉・・・●末尾ルコ詩D「猫、メーテルリンク」篇。2017年4月30日 [「言葉」による革命]

●末尾ルコ詩D「猫、メーテルリンク」篇。

「猫、メーテルリンク」

メーテルリンクか
メーテルランクか
それはさて置き
秘密の館
いやそれよりも
「温室」を

・・・・・・

ぼくの素敵なネコに
メーテルリンクのイマージュ
とても似合うんだ!

(毎日、「末尾ルコ詩D」を書いてみましょう!わたしの創ったものを写すのではなく、ご自分で創ってみるのです)

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●「ロンダ・ラウジーの時代」とは何だったのか? [「言葉」による革命]

●「ロンダ・ラウジーの時代」とは何だったのか?

末尾ルコ「格闘技話題で知性と感性を鍛えるレッスン

2、3年間で女子格闘技を巨大な会場のメインイベントまで押し上げたロンダ・ラウジー。
しかしロンダ・ラウジーはもうMMA(総合格闘技)の舞台には帰ってこないでしょう。
結論から言えば、「女子MMAの進化スピードがロンダ・ラウジーのポテンシャルを凌駕よりも遥かに早く凌駕してしまった」ということになります。
それにしても格闘技の世界で、ロンダ・ラウジーほど一気に雲の上まで突き抜けて、そしてアッという間に消え去ったファイターはいません。
「雲の上」、あるいは「天まで」という言葉がロンダ・ラウジーほど似合うファイターも他にはいません。
残念ながらガラパゴス日本では世界のかなりの部分を巻き込んだ「ロンダ旋風」を実感していたのはごく一部のMMAファンだけでした。
本当にもったいないことです。
それはそれは、スーパーヒロイン物の映画小説、あるいは漫画がそのまま現実化したかのような凄まじさでした。
長年格闘技やプロレスを観てきたわたしにとっても、(まるで夢のような時間)、それが「ロンダ・ラウジーの時代」だったのです。
それだけのファイター、「負けたから終わり」ではなく、今後の女子MMAがどうなるかも含めて、今後も多様な角度からアプローチしていきます。


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〈「言葉」による革命〉・・・●末尾ルコ「映画女優エロティシズム論」~『女優マルキーズ』とバレエ、そして「ソフィー・マルソー腋毛論争」。2017年4月29日 [「言葉」による革命]

●末尾ルコ「映画女優エロティシズム論」~『女優マルキーズ』とバレエ、そして「ソフィー・マルソー腋毛論争」。

ソフィー・マルソー主演『女優マルキーズ』についてお話していますが、その中でソフィー・マルソーがバレエを基礎にしたダンスを披露するシーンがあります。
それがなかなか観応えがある。
部分的に他の人のダンスを合成しているのかどうか、それははっきりとは言えないけれど、ソフィー・マルソーがかなり流暢なバレエ技法で踊っているのは確かです。
美貌でしかも体格のいいソフィー・マルソーが踊る姿は、プロのバレリーナたちが踊る姿とは違った観応えがある。
バレリーナというものは、普通ギリギリまで身体を絞っているわけで、ソフィー・マルソー的ふくよかさを持つ一流バレリーナなど存在しません。
だから『女優マルキーズ』、ソフィー・マルソーがダンスするシーンだけでも観る価値十分です。
ルイ14世時代の華麗な宮廷衣装や、それに反して通りは泥だらけであるシーンなどもおもしろい。

フランスはバレエの聖地とも言える国で、欧州を制覇したルイ14世がいかにバレエを愛していたか、映画『王は踊る』を観てもよく分かります。
映画女優たちの中にもバレエを学んだ人が少なからずおり、さらに凄いのは、既に世界的大女優として不動の地位にいるジュリエット・ビノシュが、コンテンポラリーダンスの雄アクラム・カーンの舞台に挑んだこともあった。

ところで話はかなり変わるけれど、かつて日本で、

「ソフィー・マルソー腋毛問題」

が取り沙汰されたことを知っていますか?

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