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●おもしろい!2017年全仏オープンテニス!!錦織圭VS鄭現の「ラケット破壊」はそんなにおおごとか? [「言葉」による革命]

●おもしろい!2017年全仏オープンテニス!!錦織圭VS鄭現の「ラケット破壊」はそんなにおおごとか?

末尾ルコ「テニスの話題で知性と感性を鍛えるレッスン」

2017年全仏オープンテニス男子3回戦、錦織圭VS鄭現はとても「いい試合」とは言い難かったが、どうにかフルセットで錦織圭が勝ち切った。
この試合の前後、試合とその周辺に様々な問題点があった。
そうしたこともテニス、およびスポーツを考える上で意義ある時間となる。
継続的に考えていこう。
いや、2017年全仏オープンは混とんとしている分、2016年などよりおもしろい。
これは十分、記憶にも記録にも残していく価値がある。

錦織圭VS鄭現の試合、2セット連取した錦織だが出だしからアンフォースト・エラーが目立ち、決していい出来ではなかった。
3セットで終わらせたかったところだが、タイブレークで落とし、第4セットもブレークを先行される。
その過程で錦織圭はラケットを叩きつけるのだが、日本の多くの報道は、「錦織、ラケット破壊」を見出しにして、強調した書き方をしていた。
この件については今後も適宜触れていくと思うが、わたしの基本的な意見としては、

「ラケットは叩きつけない方が好ましいが、叩きつけたからといって大した問題ではない」だ。

まして、違う競技の、しかも野球界でもとりわけ道具を大事にするイチローと比較するのは何の意味もない。

〈「言葉」による革命〉・・・●末尾ルコ「画像はないが、テニス界最高の美人(?)ウジェニー・ブシャールを描写して、あなたの想像力をし・げ・き」。2017年6月6日 [「言葉」による革命]

●末尾ルコ「画像はないが、テニス界最高の美人(?)ウジェニー・ブシャールを描写して、あなたの想像力をし・げ・き」

末尾ルコ「テニス観戦で視野を拡げ、感性を鍛えるレッスン」

2016年7月29日、次の文章をアップしました。

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「美人No.1」?女子テニス ウジェニー・ブシャール、チブルコワを破り、3回戦進出!!

末尾ルコ「テニス観戦で視野を拡げ、感性を鍛えるレッスン」

「カワイイ」と評判の、日本人テニスプレイヤー土居美咲ですが、世界的に見て、数年前から「マリア・シャラポワ以来」の美貌を謳われているのがカナダの

ウジェニー・ブシャールです。

ウジェニー・ブシャールはテニスのポテンシャルも極めて高く、2014年には全仏オープン準決勝、ウィンブルドンは決勝まで進出しました。
世界ランキングもしばらく10位以内をキープしていたんですが、その後プレッシャーによる摂食障害、あるいはロッカールームで転倒などの苦難に遭い低迷。
しかし現在開催中のロジャーズ・カップ2回戦で今期絶好調のドミニカ・チブルコワを圧倒して3回戦進出を決めました。
ドミニカ・チブルコワは今大会、土居美咲を下していますが、ブシャールは特に第2セットに1ゲームも失わず圧倒。

ジェニー(ジニー)、ついに復活か!
頑張れ、ジェニー(ジニー)!!!

あ、わたし、言うまでもなく、ウジェニー・ブシャールのファンです。

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プロスポーツに「スター」はどうしても必要で、もちろん強くなければスターになれず、強いだけでもスターになれないという難しさはあります。
が、「どう見てもスター性のかけらもない」と目されていた選手が、「圧倒的な強さ」と「極めて魅力的な試合内容」で大スターとなったケースもある。
誰あろう、

エメリヤーエンコ・ヒョードルです。
ここがおもしろいところでもあるんですね。

ところでウジェニー・ブシャール。
それは一体どのような美貌か?
軽く説明してみましょう。

ウジェニー・ブシャールは、まず雰囲気がアスリートらしくなく、顔立ちも端正そのもの。
そう、「端麗」という言葉がしっくり来る。
「端麗なテニスプレイヤー ウジェニー・ブシャール」。
プロポーションも抜群で、188センチのシャラポワのように「顔が小さすぎて見える」こともなく、コートに立つ姿は優雅だが、持ち味は攻撃的なハードヒットである。

いかいがですか?
ウジェニー・ブシャールのイメージ、湧いてきましたか?

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タグ:アート

●末尾ルコ「映画の愉しみ(楽しみ)方」講座~B級カーアクション『アウトバーン』の評価、興行成績が散々だという困った状況。 [吉高由里子]

●末尾ルコ「映画の愉しみ(楽しみ)方」講座~B級カーアクション『アウトバーン』の評価、興行成績が散々だという困った状況。

末尾ルコ「映画の話題で、知性と感性を鍛えるレッスン」

アクション映画とかスリラーサスペンス映画とかを馬鹿にする人がいるけれど、だいたいそうした人は「人間愛を謳った映画」とか「社会問題をテーマにした映画」などを無条件で上だと信じ込んでいるもので、しかし映画というものはそんな狭く堅苦しいものではないことはしっかり映画好きなら誰でも理解しているはずである。
ついでに書いておくと、「映画好き」を自認している人たちの中にも、「映画は娯楽以外の何者でもない」とご丁寧に宣言してくださってる方々がいるけれど、(何であんたにそんなこと決められなきゃならないんだ!)と馬鹿馬鹿しくもいつも小さく憤慨するのである。
もちろん誰でも、「映画はこうだ」と思うのは自由だけれど、少なくとも「映画ファン」を自認している人たちの中に、わざわざ映画を「より狭い世界」に囲いたい不届き者が存在するのが残念なのだ。

というわけで、ドイツを舞台とした『アウトバーン』〈原題『Collide』〉という映画がなかなかおもしろいのだけど、米国でも評価、興行成績も散々で、このような心地よく観ることができるB級アクションがなかなか成功しないのが困った状況なのだ。

●「色香」と「セクシー」の双方を併せ持った宝塚スター 花總まりの残念な空白期間。 [「言葉」による革命]

●「色香」と「セクシー」の双方を併せ持った宝塚スター 花總まりの残念な空白期間。

末尾ルコ「エロティシズムの話題で知性と感性を鍛えるレッスン」
ビューティーペアやクラッシュ・ギャルズが大人気を博していた時期の女子プロレスが「少女たちのための宝塚」的存在だったことを覚えている方は多いと思うが、わたしはバレエファンになる前は宝塚大劇場へ高速バスでよく足を運び観劇していた。
バレエを上演する会場もほとんどが女性ファンだけれど、少しは男性ファンもいる。
しかし宝塚大劇場となると、少なくともわたしが通っていた時期は、男性客の姿を見かけるのが難しいくらいの割合だった。
かように宝塚歌劇団は女性の心を惹き続けているのである。
わたしが宝塚へ通っていた時期に最も気に入っていたのが長きに渡って娘役トップに君臨していた花總まりで、その美しさに魅了されていた。
顔立ちは和風の美形で多少の白痴美的味わいが魅惑を際立てており、さらにプロポーションは驚異的と言いたくなるほど美しくセクシーで色香も強く漂っていた。
「セクシー」という感覚と「色香」という感覚は、共通項もあるけれど、まったく異なっている部分の方が遥かに大きいと考えるべきである。
わたしは国粋主義者ではないけれど、基本的には日本文化の多くの部分を愛していて、はっきり言えば、「色香」という感覚は「日本人だけ」のものだと考えている。
ここで間違ってはならないのは、「色香という感覚を知る日本人は特別で極めて優秀な国民だ」などと主張しているのではなく、単に「色香という感覚を知る日本人は素晴らしい」と語っているのである。
どこの国民や民族と比べて、どこの国民や民族の方が上とか下とか言い出すと、話はおかしな方向へ流れるものだから。(もちろんわたしも分野によっては多少はそのような感覚を持つけれど、要するにバランス感覚の問題だと思う)
宝塚や花總まりのお話もまたちょいちょいしていくけれど、とても残念だったのは、宝塚対談後、花總まりがすぐ女優に転向しなかったことだ。
この一番の原因は、伝えられるところによれば、男役トップだった和央ようかとの「いろいろ」だったとされているが、花總まりほど映画女優としてのポテンシャルを持っていた宝塚スターは、近年ではいなかったとわたしはずっと思っている。
最近大河ドラマなどで花總まりを知った人もいるようだが、女優としてのスタートはいかにも遅過ぎて、日本の芸術文化シーンの大きな損失となってしまった。

〈「言葉」による革命〉・・・●末尾ルコ詩D「猫、ブイヤベース」篇。2017年6月6日 [「言葉」による革命]

●末尾ルコ詩D「猫、ブイヤベース」篇。

「猫、ブイヤベース」

高知市薊野にある


ケマル・アタチュルクが神隠しに遭った時
ブイヤベースは鍋の中でことこと煮えていた
それは夕暮れ時だった
ブイヤベース憲章に合致してはいないけれど

高知市薊野にある

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ぼくの素敵なネコと一緒に
ブイヤベースを食べたいのです。

(毎日、「末尾ルコ詩D」を書いてみましょう!わたしの創ったものを写すのではなく、ご自分で創ってみるのです)