So-net無料ブログ作成

[ダイヤ]「言葉」による革命・「美」による革命[ダイヤ]  「末尾ルコ 革命広場」/「末尾ルコ 会話芸術」高知(土佐)薊野より全国、世界へ ●あるいは、「教育の解放」。2017年6月13日 [「言葉」による革命]

※2017年8月5日配信予定 末尾ルコ メルマガ(有料)より抜粋。

●〈「言葉」による革命〉・・・「言葉の戦士」訓練&「真の恋愛講座」~あるいは、「教育の解放」。

前提として、「日本は世界の中でも素晴らしい国の一つ」だという認識の下にお話します。
わたしのお話はすべてこの認識の下にされています。
人によっては、「日本は最悪の暗黒的国家だ」とか、「日本はあらゆる要素が世界一で、選ばれた国民の国だ」といった前提をお持ちですが、こういう認識では、その後にどんなことを述べても、「歪んだもの」とならざるを得ません。
ものごとにはバランスが必要なのです。

さて、今回はとても大切なお話、

あるいは、「教育の解放」です。

まあ教育に関しても、わたしは常に「既成の教育機関などに期待しても、現状は変わらない」と主張してきていますが、今後それをより具体的に、より実践的に、そしてより総合的に追究していきます。

(続きは有料メルマガでお願いします)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

[ダイヤ]末尾ルコのこのブログ、そして有料メルマガは、▲「新たなる教育機関」です。

[ダイヤ]末尾ルコのこのブログ、そして有料メルマガは、より多くの方が「新たなる日本人」として人生を思う存分生き抜いていただくための、「末尾ルコだけに可能」な

▲「新たなる教育機関」です。

毎日当ブログを訪問し、お読みくださるだけで、「新たなる日本人」としての資質が身に付いていきます。

▲感覚・感性・知性・理性を中心に、そして非認知能力(スキル)」をも鍛錬します。

有料メルマガを購読いただければ、さらに深く、より強力に「新たなる日本人」として、あなたは日々成長していくことができます。

注1 「読む」という行為にも様々な方法があり、どんな方法を使うかによって「成長」の度合いも違います。「方法」に関しては、当ブログ、そして有料メルマガで適宜お伝えしていきます。

注2 末尾ルコによる「新たなる教育機関」に年齢性別学歴職種などの制限はありません。「誰も」が「今すぐ」に「新たなる日本人」としての第一歩を歩み始めることができます。 

注3 当然ながら、「効果」には個人差があります。しかしより正確にお読みいただければ、間違いなくほとんどの方に「効果」が出てきます。

●〈「言葉」による革命〉・・・その基本的かつ画期的方法論。

〈「言葉」による革命〉の基本的方法論の優位性を記しておきます。

まず、
1どこにいても、その場所でいながらにして参加できる。
2どんなに忙しくても参加できる。
3老若男女、どなたでも参加できる。
4「趣味」「生きがい」として始めても、それが強固な社会貢献に結び付く。

nice!(11)  トラックバック(0) 

〈「言葉」による革命〉・・・●末尾ルコ「70年代の美人映画女優ジャクリーン・ビセットについて語ろうかい!」2017年6月13日 [「言葉」による革命]

●末尾ルコ「70年代の美人映画女優ジャクリーン・ビセットについて語ろうかい!」

末尾ルコ「映画で知性と感性を鍛えるレッスン」

ジャクリーン・ビセットを素晴らしい女優だと思ったことはないが、「とても楽しませてくれる女優」だったのは間違いない。
近年も女優として活動しているジャクリーン・ビセットを「だった」と過去形にしてはいけないが、やはり最盛期は1970年代だ。
とは言え、「演技派」と言えるタイプではとてもなく、その美貌を買われての出演作が多いのも間違いないところで、「代表作は何か?」と問われれば難しいところだが、間違いなくフランソワ・トリュフォー監督の『映画に愛をこめて アメリカの夜』はその一本に入るだろう。
ジャクリーン・ビセットはフランス映画でジャン・ポール・ベルモンドとも共演しており、英米の女優たちもフランス語に自信のある人はどんどんフランス映画に挑戦したらいいと思う。
もちろんフランス人女優たちが黙ってはいないだろうが、特に米国映画界で「大人の女優」が演じる役が今現在とても限られており、何だかんだ言って、フランス映画は「大人の女」が主役の作品は常に多く存在しるのである。
例えば最近であれば、ジェマ・アータートンという英国の女優は、ハリウッド映画などでは「退屈な女優」と見えていたけれど、『ボヴァリー夫人とパン屋』というフランス映画では実にうまく使われており、(さすが!)と感心したものだ。

●原稿依頼などは、気軽にサイドバーのアドレスへご連絡を!

●「やられ方」が魅力的なプロレスラーは、やはりアントニオ猪木か?あの美しき、大木金太郎戦。 [「言葉」による革命]

●「やられ方」が魅力的なプロレスラーは、やはりアントニオ猪木か?あの美しき、大木金太郎戦。

末尾ルコ「プロレスの話題で知性と感性を鍛えるレッスン」

バット吉永VS神風杏子はキックルールで行われた試合であり、全日本女子プロレスのリングで行われたものだけれど、その内容はプロレスではなかった。
しかし「プロレスのリングで行われれば、すべてプロレスである」という考えもあり、その辺りのグレーゾーンと言うか、玉虫色と言うか、プロレスのおもしろいところであり、「世の中」からは理解されないところでもあるわけだ。
が、平成のプロレスはあまりに「プロレスはプロレスでいいんだ」が定着してしまい、グレーゾーンも玉虫色度もほとんど漂ってこなくなった。
それはさて置き、バット吉永VS神風杏子が、特に大きな試合としてカードを組まれたわけでもないのに、ずっと記憶に残っているかというと、そのフィニッシュシーンがあまりに鮮烈だったからだ。
バットのバックブローを喰らい、斜めに、しかもややゆっくりと崩れていく神風杏子。
神風杏子自体は、例えば現在のRENAなどと比べると、実に地味な選手だったけれど、その「崩れていく姿」だけは美しかった。

こうしたリアルファイトとは異なる文脈で、「技を受ける」必要があるプロレスは、「やられ方」が魅力的な選手が、より魅力的な試合を生み出す可能性を持つとも言える。
となると、やはりすぐ挙がるのが最盛期のアントニオ猪木だ。
特に歴史的名勝負の一つとされる、アントニオ猪木VS大木金太郎。
フィニッシュとなった猪木のバックドロップよりも、何度となく大木の頭突きを喰らい、崩れていく猪木の美しいこと。
「やられる時の美しさ」においても、最盛期のアントニオ猪木は際立っていたのである。

〈「言葉」による革命〉・・・●末尾ルコ詩D「猫、シラノ」篇。2017年6月13日 [「言葉」による革命]

●末尾ルコ詩D「猫、シラノ」篇。

「猫、シラノ」

高知市薊野にある


エトルリアについて
シラノ・ド・ベルジュラックと意見を交わしたって
ロクサーヌが言ってたらしいけど
本当のことかしらんと
オナシスが不遜にも
嘯いたのさ

高知市薊野にある


・・・・・・

ぼくの素敵なネコに贈りたい
シラノを蹴散らすような
言葉と心

(毎日、「末尾ルコ詩D」を書いてみましょう!わたしの創ったものを写すのではなく、ご自分で創ってみるのです)