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[ダイヤ]「言葉」による革命・「美」による革命[ダイヤ]  「末尾ルコ 革命広場」/「末尾ルコ 会話芸術」高知(土佐)薊野より全国、世界へ ●「日本人と日本語の新たな関係を創造する戦い」に参加することで、あなたの人生にまったく新たな光が生まれる。2017年9月11日 [「言葉」による革命]

※2017年10月20日配信予定 末尾ルコ メルマガ(有料)より抜粋。

●〈「言葉」による革命〉・・・「言葉の戦士」訓練&「真の恋愛講座」~「日本人と日本語の新たな関係を創造する戦い」に参加することで、あなたの人生にまったく新たな光が生まれる。

はい。

「日本人と日本語の新たな関係を創造する戦い」に参加することで、あなたの人生にまったく新たな光が生まれる。

ということで、

「今までの、そして現在の日本人と言葉の関係」についての話、お分かりいただけたでしょうか。
特に、「現在の日本人と言葉の関係」が低レベル化、醜悪化している点には最大限の注意が必要です。
「醜悪な言葉の氾濫」は人間の尊厳を損ね、社会を低レベル化し、荒廃させていきます。
現に今の日本はどんどんそちらの方向へ進んでいます。
しかしまだ今なら間に合うのです。
一人一人の日本人が、より多くの日本人が、「言葉の価値と力」に目覚め、「言葉の道」へ入ることを決意、実行を始めれば、まず「自分自身」に効果が表れ始めます。


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[ダイヤ]末尾ルコのこのブログ、そして有料メルマガは、▲「新たなる教育機関」です。

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▲「新たなる教育機関」です。

毎日当ブログを訪問し、お読みくださるだけで、「新たなる日本人」としての資質が身に付いていきます。

▲感覚・感性・知性・理性を中心に、そして非認知能力(スキル)」をも鍛錬します。

有料メルマガを購読いただければ、さらに深く、より強力に「新たなる日本人」として、あなたは日々成長していくことができます。

注1 「読む」という行為にも様々な方法があり、どんな方法を使うかによって「成長」の度合いも違います。「方法」に関しては、当ブログ、そして有料メルマガで適宜お伝えしていきます。

注2 末尾ルコによる「新たなる教育機関」に年齢性別学歴職種などの制限はありません。「誰も」が「今すぐ」に「新たなる日本人」としての第一歩を歩み始めることができます。 

注3 当然ながら、「効果」には個人差があります。しかしより正確にお読みいただければ、間違いなくほとんどの方に「効果」が出てきます。

●〈「言葉」による革命〉・・・その基本的かつ画期的方法論。

〈「言葉」による革命〉の基本的方法論の優位性を記しておきます。

まず、
1どこにいても、その場所でいながらにして参加できる。
2どんなに忙しくても参加できる。
3老若男女、どなたでも参加できる。
4「趣味」「生きがい」として始めても、それが強固な社会貢献に結び付く。

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極限の愛、日常の愛、その言葉 2017年9月11日 [愛の景色]

そう言うのは、
いつもあなたを
想っているからです
だからそんな言葉が出るのです

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〈「言葉」による革命〉・・・●末尾ルコ「セルジュ・ゲンズブール、そのスキャンダラスな生涯を」。2017年9月11日 [「言葉」による革命]

●末尾ルコ「セルジュ・ゲンズブール、そのスキャンダラスな生涯を」

末尾ルコ「音楽で知性と感性を鍛えるレッスン

セルジュ・ゲンズブール(Serge Gainsbourg、1928年4月2日 - 1991年3月2日
やたらとモテた男だ。
しかしモテたからと言って、セルジュ・ゲンズブールが幸福な男女関係ばかり結べたかというと、そうでもない。
人間の感情はそんな単純なものではない。
ゲンズブールが「ミロール・ラルスイユ」というキャバレーでピアノを弾いていた時代、ボリス・ヴィアンの歌に強烈なインパクトを受けたという。
今、ゲンズブールの映像を見て、そのカリスマ性たるや、まるで画面から浮き立ってくるようで、ゲンズブールは正に「カリスマ性」という言葉に真っ当に相応しい人間に一人だと言える。
フランスギャル、ブリジット・バルドー、そしてもちろんジェーンバーキンなど、ゲンズブールの人生を彩ったり、その歌をうたったりしたミューズたちは数多いが、今わたしがとても興味を持っているのが、1979年に発表された『Aux armes et caetera(祖国の子供たちへ)』だ。
これはフランス国歌『ラ・マルセイエーズ』をレゲエにアレンジしたもので、この作品のためにゲンズブールは右翼団体などに襲撃されるようになる。
もし今、ゲンズブールが生きていたら、極右国民戦線(FN)が勢力を伸ばす祖国をどう歌っただろうか。

●原稿依頼などは、気軽にサイドバーのアドレスへご連絡を!

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●「強い女の映画」が大好きだから、『ワンダーウーマン』を鑑賞したわたしです(←山田姉妹「みずいろの手紙」風に)。 [「言葉」による革命]

●「強い女の映画」が大好きだから、『ワンダーウーマン』を鑑賞したわたしです(←山田姉妹「みずいろの手紙」風に)。

末尾ルコ「映画の話題で、知性と感性を鍛えるレッスン

『ワンダーウーマン』は評判通り主演ガル・ギャドットの魅惑がスクリーンを圧していて、うっとりしている間に2時間20分ほどがアッという間に経過する。
もっとも映画最終盤の、「アレスとの対決シーン」。
このお約束のCG満載超能力対決映像については困ったものだなあとは思う。
このシーンへ至って、映画は制御を失ったかのように空虚なCGが炸裂しまくる。
しかしまあいいだろう。
ガル・ギャドットの美しい顔と四肢、そして第2次大戦中のロンドンの再現などだけでも映画的快感は充分味わえる。
そして『ワンダーウーマン』の本当のクライマックスは、西部戦線の塹壕戦の中、ダイアナが単身ナチスの一斉射撃に立ち向かい、楯により脚を踏ん張りながら持ちこたえ、次々と包囲を破り、狙撃手が潜む街の鐘楼を破壊するに至る極めてエキサイティングなシーンであることは言うまでもない。

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●それは決して「性のテクニシャン」ではなく、わたしが「プロレスのテクニシャン」だった中学時代のスキルを公開。 [「言葉」による革命]

●それは決して「性のテクニシャン」ではなく、わたしが「プロレスのテクニシャン」だった中学時代のスキルを公開。

末尾ルコ「プロレスの話題で、知性と感性を鍛えるレッスン

わたしの中学時代のプロレス修行に関して反省していることがある。
今までわたしが「得意技としたかった」技として、「エルボー攻撃」と「クロウ攻撃」について言及したが、(う、考えてみれば、何と単純な技ではないか、二つとも)と思い至ったのである。
いや、「エルボー」も「クロウ」も自由自在に使いこなすためにはしっかりした修練を必要とする。それは分かっている。
けれど取り敢えず、「エルボー攻撃は肘落とせばOK」「クロウ攻撃は相手を握ればOK」と、誰でもできるではないか!
当時の日本のプロレスメディア、プロレスファンの間では、「テクニシャンこそ至上」という基本的合意があった。
わたしとて当時はその合意の中にいたわけであり、テクニシャンとしての技を磨こうという意志がなかったはずがない。
というわけで、記憶のヴェルサイユ宮殿へとしばし没入したところ、出てくるわ、出てくるわ、わたしが練習したプロレス技の数々。
(中学時代の俺も捨てたもんじゃないぜ・・・)とちょっとしたことで自信を取り戻すわたしです(山田姉妹「みずいろの手紙」風に)。
そう、エルボーやクロウでワイルドでタフな面を見せながらも、そのベースはオーソドックスなテクニシャンだったというのが中学生レスラーとしてのわたしだったのだ。
対戦相手と対峙し、しかしわたしはすぐにロックアップ(互いにがっしり組み合う)したりしない。
相手の腕を掴むカモフラージュをしながらも、膝を曲げ体を落とし、するりと相手の側面を抜けてバックを取る。
その時観戦していた数人(とほほ)の客から、

「おお!テクニシャンやにゃあ!(←ナチュラルな土佐弁)」

と声が上がる。
その時の誇らしげな気分と言ったら!
なるほど、それを思い出せば、理解できないでもない。
リング上で歓声を浴びるという快感。
中学校の教室で、最大20人、通常は3~5人(とほほ)の観客の前で行っていた「プロレス」でさえもわたしは充分な快感を味わっていたのだから。

というわけで、危険なので、あなたは決してプロレスごっこをしてはいけないけれど、「どことなくテクニシャン風」に見えるムーヴをここに記そう。

・相手の側面をするりと抜けてバックを取る。
・両脚を使ったカニ挟みで相手を倒す。
・仰向けになった相手の片足を取り、できるだけカッコよく、捻じったり折り曲げたりしてみる。

もちろんまだまだいくらでもある。
そしてこのようなことをいい大人が知っても何の役にも立たないようにも感じるだろう。
しかしこの世界、どんなことでも役に立てようと思えばそれは可能なのである。


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〈「言葉」による革命〉・・・●末尾ルコ詩D「猫、風」篇。2017年9月11日 [「言葉」による革命]

●末尾ルコ詩D「猫、風」篇。

「猫、風」

ミリアム・シャト・シャルマンの
夜の風がビュービュー吹いていて
アニー・ジラルドの涙は
イヴ・サン・ローランの死は
いつのことだったか。

・・・・・・

ぼくの素敵なネコのために
ぼくはどんな風でも
操ってやろう!

(毎日、「末尾ルコ詩D」を書いてみましょう!わたしの創ったものを写すのではなく、ご自分で創ってみるのです)

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