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●Tal Wilkenfeldと「オトシマエ」の話。 [「言葉」による革命]

●Tal Wilkenfeldと「オトシマエ」の話。

末尾ルコ「音楽とオトシマエの話題で、知性と感性を鍛えるレッスン」

いやあ、Tal Wilkenfeldはカッチョいいなあ~。

「Tal Wilkenfeld - Under the Sun - 3/4/2016 - Paste Studios, New York, NY」

「Women of Ireland - Jeff Beck」

ちなみに「Women of Ireland」の曲が効果的に使われていた映画がスタンリー・キューブリックの『バリー・リンドン』であって、『時計じかけのオレンジ』とまったく同じ構造ながら、テイストはまったく違うおもしろさも堪能できる。
何よりも豪華絢爛な撮影、衣装、そして大在の出演者。

ところで「愚劣な言葉」が各方面に飛び交う昨今、このまま放置は最早できない。
いずれ、「オトシマエ」はつけられることになるから、楽しみにしていてほしい。


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極限の愛、日常の愛、その言葉 2017年10月10日 [「言葉」による革命]

おそれ、
おそれず、
強く、
自在に、
ふへんにあれ


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〈「言葉」による革命〉・・・●末尾ルコ「歌が聞こえない家族に少女は歌を伝えられるか?映画『エール!』」。2017年10月10日 [「言葉」による革命]

●末尾ルコ「歌が聞こえない家族に少女は歌を伝えられるか?映画『エール!』」。

末尾ルコ「映画で知性と感性を鍛えるレッスン」

酪農を営む家族の中に一人の女子高生(リセエンヌ)がいる。
中背でやや肉付きのよい、金髪に丸顔の少女だ。
家族には父母と弟がおり、飼っている牛たちの父からチーズを作って売るのが大きな収入源だ。
少し他の家族と違っているのは、少女以外は皆聾唖者であることだ。
だから少女は家族と外の世界の通訳を務めている。
生き生きとした普通の高校生活を送りながらも献身的に、愛情を持って。
ある日少女は、「歌う才」を認められる。
パリで歌の試験を受けないかと教師に乞われる。
しかしそもそも「歌が聞こえない」家族たちに少女はそのことを言えないし、まして「家族を捨てる」ように思われるようなことはもっと言えない。
少女はどのような選択をするか?

フランス映画『エール!』のストーリーだ。

エリック・ラルティゴ監督による『エール!』。

新人のルアンヌ・エメラが主人公ポーラ・ベリエ を演じているが、やはり見事なのが両親役のカリン・ビアールとフランソワ・ダミアンだ。

フランスでは大ヒット。
約100分ですっきりと前向きになれる。
フランス社会の断片も巧妙に取り入れている。

●原稿依頼などは、気軽にサイドバーのアドレスへご連絡を!

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●『明日に向かって撃て』と『俺たちに明日はない』がいつ観てもワクワクするのはなぜ?その3 [「言葉」による革命]

●『明日に向かって撃て』と『俺たちに明日はない』がいつ観てもワクワクするのはなぜ?その3

末尾ルコ「映画の話題で、知性と感性を鍛えるレッスン」

いや~、「Jeff Beck, Vinnie Colaiuta, Tal Wilkenfeld..」と題された動画がカッコよくてねえ。
Tal Wilkenfeld・・・カッチョいいぞ!

ところで、すぐに「神、来てる」とか言う人たちって、「物事のレベル」が分かってない手合いが多いのであるが、それはさて置き、

『明日に向かって撃て』と『俺たちに明日はない』は一般的にどちらもアメリカン・ニューシネマの代表作とされていて、『明日に向かって撃て』はその範疇に入らないという意見もあるのだけれど、そういう細かな分類はわたしには興味なくて、それよりもジョージ・ロイ・ヒル、アーサー・ペン両監督の手腕が光るのがこの2作品であって、それ以上に『明日に向かって撃て』にはポール・ニューマンとロバート・レッドフォードが、『俺たちに明日はない』にはウオーレン・ベイティとフェイ・ダナウエイがキャスティングされていたのがワクワクの源流なのだ。
まあ、ベイティはさほど好きではなかったが。

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●オカダカズチカVSバッドラック・ファレのIWGP戦があまりにつまらなかったのに驚愕!~ファレよりキング・イヤウケアの方がおもしろいのである。 [「言葉」による革命]

●オカダカズチカVSバッドラック・ファレのIWGP戦があまりにつまらなかったのに驚愕!~ファレよりキング・イヤウケアの方がおもしろいのである。

末尾ルコ「プロレスの話題で、知性と感性を鍛えるレッスン」

オカダカズチカVSバッドラック・ファレのIWGPへヴィー級タイトルマッチを観たが、これがまた驚くほど退屈な試合だった。
いつも書いているけれど、せっかく盛り上がってきたプロレスをディスりたい気持ちはさらさらないけれど、この試合を「おもしろい」と言ってしまえばまったくの嘘になってしまうから仕方ない。
バッドラック・ファレのプロフィールを観てみると、大学卒業後、株式会社サニックスに入社してラグビー選手として福岡サニックスブルースのメンバーになったが2年で退団し、「英会話教師」として働いていて、その後新日本プロレスに入団したとある。
英語教師・・・。
まあ過去に何をしていたとかはいいとしても、バットラック・ファレに場合はあまりにプロレスが下手なのである。
現在の新日本では、「非常にでかいレスラー」としてのポジションにいるが、これも公称193cm、156kgだから驚くほどではない。
とにかくバッドラック・ファレの動きはまったく「流れ」とならず、わたしの目にはただ突っ立っていて、オカダが一つ一つぶつ切りの技に掛かってくれるのを待っているだけとしか映らなかった。
しかし試合構成としては、「極めてデカくて危険な挑戦者ファレを迎え撃つオカダカズチカ大ピンチ」を演出せねばならないので、前半はほとんどオカダが技を受け続けるのだが、無理があるなんてもんじゃないのである。

わたしにとって大きな疑問は、「IWGPタイトルマッチ」が福岡で十分な観客動員を達成して開催されたわけだが、今のプロレスファンはこの試合に何を期待し、実際に感染してどのような要素に満足したのかという点だ。
多くの観客は、「ショウ」と割り切って観戦しているのか?
会場の雰囲気や観客の反応からは、「ショウ」と割り切っての観戦とはとても思えないものがある。
仮に「ショウ」と割り切って観るにしても、この試合は到底「上等なショウ」とは言えないものだ。
このバッドラック・ファレのパフォーマンスがメイン・イベントへ来て満足するとは、要するにアンドレ・ザ・ジャイアントやスタン・ハンセン、そしてブルーザー・ブロディなどの試合を映像としても観たことないのではないかという疑念さえ生じる。
彼らの試合を少しでも観たことがあるのであれば、ファレのレベルではタイトルマッチどころか、メインも任せられないのは自明だと思うのだが。
もちろんプロレスはそれぞれのファンが自由に楽しんでいいものだけれど、この試合が大会場のメインで、しかも「新日最高峰のタイトルマッチ」として行われ、満足してしまうのは、ひょっとしたら今のファンの多くは、単なる「情報弱者」だからではないのかとさえ感じる。
そりゃあバッドラック・ファレよりも、キング・イヤウケア、ブル・ラモス、キラー・トーア・カマタ、ハックソー・ヒギンズ、キングコング・バンディらがずっとおもしろい試合をしていましたで。

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〈「言葉」による革命〉・・・●末尾ルコ詩D「猫、感興」篇。2017年10月10日 [「言葉」による革命]

●末尾ルコ詩D「猫、感興」篇。

「猫、感興」

あるいはジョン・ゾーンと
ルー・リードと
ローリー・アンダーソンであるとか
別に並べてどうなるわけでもないけど
ならべるとそれなりの
感興はもてるじゃないか

・・・・・・

ぼくの素敵なネコへの感興は
無限の深まりを
見せてくれる

(毎日、「末尾ルコ詩D」を書いてみましょう!わたしの創ったものを写すのではなく、ご自分で創ってみるのです)

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