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「言葉」による革命・「美」による革命  「末尾ルコ 革命広場」/「末尾ルコ 会話芸術」高知(土佐)薊野より全国、世界へ ●「誰かと一緒に死にたい」などと考えないための「精神性の向上」とは?2017年11月11日 [「言葉」による革命]

※2017年11月13日配信予定 末尾ルコ メルマガ(有料)より抜粋。

●〈「言葉」による革命〉・・・「言葉の戦士」訓練&「真の恋愛講座」~「誰かと一緒に死にたい」などと考えないための「精神性の向上」とは?


神奈川県座間市で白石隆浩容疑者が9人殺害などに関わったとされる事件なのですが、容疑者の非道性については最早何を言っても足りないほどであるけれど、それ以前に犠牲者たちの多くの、

「死にたい」

しかも

「一人で死ぬのは怖いから、誰かと一緒に死にたい」

というメンタリティがどうして生まれるのか、ここを「解明(らしきこと)」するだけでなく、「そんな心理状態にならないための教育や社会的雰囲気」を創り上げねばなり暗線。

この問題を単純化するつもりはありませんが、このところ当メルマガでお話している、

「精神性の向上」

に関する考え方は、「死にたい」などと思考してしまう人たちに対して極めて有効です。

(続きは、有料メルマガでお願いします)

・・・
11月10日にアップの、山田姉妹オフィシャルブログ記事です。ぜひご覧ください!

 ↓
https://ameblo.jp/karei1224/entry-12327288141.html



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極限の愛、日常の愛、その言葉 2017年11月11日 [愛の景色]

「腹筋を500回やる」とあなたに言ったから、わたしはその晩、確実にそれをやった。

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〈「言葉」による革命〉・・・●末尾ルコ「月に一度はヒッチコックか?やはり『断崖』のジョーン・フォンテインは・・・」。2017年11月11日 [「言葉」による革命]

●末尾ルコ「月に一度はヒッチコックか?やはり『断崖』のジョーン・フォンテインは・・・」

末尾ルコ「映画で知性と感性を鍛えるレッスン」

衣笠貞之助監督の『歌行燈』を鑑賞した後、すぐさまアルフレッド・ヒッチコック監督の『断崖』を鑑賞したのである。
衣笠貞之助とアルフレッド・ヒッチコックに新たなる関係性を見出した!というわけではなかったが、やはりクラシック作品は折に触れ鑑賞するべきである。
『断崖』の主演はジョーン・フォンテインとケ゚ーリー・グラントで、この作品でフォンテインはアカデミー賞主演女優賞を獲得し、まだ受賞してなかった姉のオリヴィア・デ・ハビランドとの不仲が決定的になったという映画史上高名なエピソードもある。
ジョーン・フォンテインは『断崖』前年の『レベッカ』でもオスカー主演賞候補となっているが、わたしは『レベッカ』が大好きで、今回『断崖』を久々に観たけれど、やはり『レベッカ』の荘重でゴシックロマンのムードが横溢した作風の方がずっと好みではある。
ジョーン・フォンテインは記憶の通り、『レベッカ』の時よりも痩せて見える。
ただ、「精神的に追い詰められる」感情表現や表情は絶品で、ハリウッド女優としてはかなり小柄で随分と神経質そうな面立ちも遺憾なく生かされる。

『めまい』を「史上最高の映画」とする専門家もいるように、アルフレッド・ヒッチコック監督の映画は年々評価が上がっていて、留まるところを知らないようだ。

あなたはどのヒッチコック作品がお好きですか?

●原稿依頼などは、気軽にサイドバーのアドレスへご連絡を!

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●400円の菊菜と50円の柿に対する詩的試み。 [「言葉」による革命]

●400円の菊菜と50円の柿に対する詩的試み。

末尾ルコ「食の話題で、知性と感性を鍛えるレッスン」

(こいつ、何様のつもりだ・・・)と、わたしは呟きかける、

一束約400円の菊菜を目にした時に、

(ほほう、愛(う)いやつ・・・苦しゅうない、近こう)と、わたしは満足げに微笑む、

一個約50円の柿を見た時に、

A Maxで、ああ、高知のA Maxで。


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●「プロレスやスポーツ観戦は、文脈は知る方がいいか?知らない方がいいか?」~豊田真奈美、「キンシャサの奇跡」、ボルグVSマッケンロー、そしてザ・デストロイヤー。 [「言葉」による革命]

●「プロレスやスポーツ観戦は、文脈は知る方がいいか?知らない方がいいか?」~豊田真奈美、「キンシャサの奇跡」、ボルグVSマッケンロー、そしてザ・デストロイヤー。

末尾ルコ「プロレスとスポーツ観戦の話題で、知性と感性を鍛えるレッスン」

豊田真奈美について、「文脈を必要としないレスラー」だったとこの前書いたけれど、「文脈を知る・知らない」でおもしろさがグッと変わってくるのは一般スポーツも同じである。

「世界スポーツ史上最高の試合の一つ」である「キンシャサの奇跡」モハメッド・アリVSジョージ・フォアマンは、何も知らずに観戦してもそれはとてつもないファイトだったはずだが、それまでのアリの人生、そしてこの試合までのジョージ・フォアマンの怪物じみた強さにより、「圧倒的にアリが不利」と予想されていたことなどを知った上で観戦したからこそ、世界は「奇跡を見た」のである。(わたしはまったくリアルタイムではないので、いささか後出しジャンケンだけれど、これはまあ致し方ないことなので)。

ただ、一切「文脈」を知らずとも「とてつもないスポーツの試合」が「とてつもない」ことに変わりはなく、わたしがテニス観戦ふぁんになったきっかけがウィンブルドン決勝、ビヨルン・ボルグVSジョン・マッケンローという、これまた「世界スポーツ史上最高の試合の一つ」と言える試合を、テニスの「テ」の字も、もちろんボルグもマッケンローも知らなかったわたしが、たまたま深夜に点けたテレビ画面を眺め始めたら止まらなくなり、そのまま試合終了まで目を離すことができなくなったのがきっかけだった。
ボルグがウィンブルドン5連覇を達成した歴史的決勝戦だったわけだが、この試合を観ると観ないとでは、「人生が違ったものになる」ほどの衝撃的なものだった。

プロレスに話を戻せば、わたしが初めてプロレスのテレビ中継を観たのは全日本プロレスで、その日のカードがどのようなものだったかの記憶はまったく明確ではないが、その日、あるいは少なくとも観始めてすぐの時期にザ・デストロイヤーが絡んだカードがあったのは間違いない。
その時点でわたしにプロレスの知識はまったくなく、つまりプロレス的文脈は一切知らなかった。
が、滅茶滅茶おもしろかったんですな、初めての全日本プロレス、初めてのザ・デストとイヤー。
(世の中に、こんなおもしろいものがあったのか!)という驚愕だった。
「一切の文脈知識なしで、それだけおもしろく感じた」という重要事実については今後もじっくり考えていこうと思っているが、プロスポーツとしての理想的在り方の一つは、

「文脈知識なしで観ても滅茶滅茶おもしろく、文脈的知識があれば、より深く愉しめる」

というものだろう。

ということを書くのは、近年、プロレスだけでなく、一般スポーツの中継なども、あまりに「文脈」に頼り過ぎ、「スポーツそのものが見えなくなっている」ケースが多い過ぎるからだ。

この件については今後さらに掘り下げていくつもりです。


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〈「言葉」による革命〉・・・●末尾ルコ詩D「猫、シンプル」篇。2017年11月11日 [「言葉」による革命]

●末尾ルコ詩D「猫、シンプル」篇。

「猫、シンプル」

ドキドキハラハラ
ハラハラドキドキ
人生はサスペンス
人生はスリラー

と、シンプルの中に
真実もある

・・・・・・

シンプルにして
変幻自在の
ぼくの素敵なネコの魅惑!

(毎日、「末尾ルコ詩D」を書いてみましょう!わたしの創ったものを写すのではなく、ご自分で創ってみるのです)

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