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〈「言葉」による革命〉・・・●末尾ルコ「ノーベル文学賞の『バラバ』ペール・ラーゲルクヴィストの原作を読んだ」。2017年8月23日 [「言葉」による革命]

●末尾ルコ「ノーベル文学賞の『バラバ』ペール・ラーゲルクヴィストの原作を読んだ」

末尾ルコ「文学で知性と感性を鍛えるレッスン

ペール・ラーゲルクヴィスト。
と聞いて、日本でどれだけ知っている人がいるか。
わたしも別に詳しいわけではなかった、ペール・ラーゲルクヴィストに。
けれど映画『バラバ』がおもしろかったので、ラーゲルクヴィストの原作小説『バラバ』も手に取ってみた。
おもしろい。
近年の文学と違い、文体もシンプル、ページ数も多くない。
近年の文学も好きだけれど、例えばガブリエル・ガルシア=マルケスを一般の人に「おもしろがれ!」と言っても無理である。
シンプルで分かりやすい表現ながら、おもしろく深い・・・文学でも、そして映画でも音楽でも、常にそのようなクオリティの作品が必要で、そのようなクオリティの作品こそジャンルの枠を超えてジャンルを大きくする。

スウェーデンのPär Fabian Lagerkvist。
1951年度ノーベル文学賞受賞者だ。

いつもいつも「村上春樹がどうこう」というノーベル文学賞の価値の如何はさて置いて、適宜ノーベル文学賞の受賞者を語るのも悪くない。
ともあれ『バラバ』、「バラバ」という人間の目線でイエス・キリストの死と再生を眺めた、実にワクワクさせてくれる小説だ。

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●わたしに現在、まったく「欧米・白人コンプレックス」が無い理由の一部。 [「言葉」による革命]

●わたしに現在、まったく「欧米・白人コンプレックス」が無い理由の一部。

末尾ルコ「文化比較で知性と感性を鍛えるレッスン

現在は「まったく無い」と断言できるが、子どもの頃のわたしはある程度「欧米コンプレックス・白人コンプレックス」を持っていた。
洋画中心に観て、洋楽中心に聴く生活だったから、さすがに子どもの浅知恵で、(どうして顔とか体形が洋画のスターたちのように生まれなかったのだろう)と鏡を見ながら嘆息した夜も多くある(笑)。
しかしある時期からわたしは自分の外見にまったく満足するようになった。
実はそれは英会話関連なので多くの外国人と日常的に話をするようになり、彼ら彼女らの実態がはっきり理解できたのも大きかった。
そしてもう一つ、知り合う外国人、特に外国人女性たちのほとんどが、わたしの外見を「とても素敵」と言うではないか。
馬鹿馬鹿しいようだけれど、これはわたしにとって、人生の中でけっこう大きな出来事だったと告白しておこう。
(なんだ、自慢話じゃねえか!)と感じる方も少なくなかろうが、はい、自慢話です。


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●「女教師」に対する「性的ファンタジー」と「現実の女教師」。 [「言葉」による革命]

●「女教師」に対する「性的ファンタジー」と「現実の女教師」。

末尾ルコ「エロティシズムの話題で、知性と感性を鍛えるレッスン

男性から女性に対してエロティックなファンタジーの対象となる職種というものが存在して、軽く挙げてみると、
ナース
「女教師」
「スチュワーデス(フライト・アテンダント)」
「バスガイド」(笑)
「女子銀行員」
OL」などなど。

あ、これは決して「わたしの趣味」について語っているのではなく、あくまで「エロティシズム」を語る上で日本人男性の一般的嗜好を概観しているのである。
しかしこれら職種の中で、例えば「ナース」であれば、確かに男性の性的ファンタジーになるのも納得の容姿の女性を見かけること珍しくないのだが、これが「女教師」となると、わたしが「生徒」として過ごした期間に、ファンタジーに対象となりそうな人はまったく見かけなかった。
ただ、小学生時代に大人の女性の魅力が理解できるわけはなく、その期間にいなかったとは限らない。
実はわたしが小学生低学年時代、ストレートの長い黒髪でほっそりとした若い女教師が間違いなくいて、(綺麗な先生だな)と感じた記憶はあるのだが、なぜかその教員を「何度も見かけた」記憶はないのだ。
ま、それはさて置き、男性が女教師に性的ファンタジーを抱く理由としては、

「教師という極めて硬いというイメージがあり、しかも多くの生徒たちの面前で授業・指導を行うのが日常であり、しかも美人で凛とした女教師という公的な姿の聖域を破り、私的な姿を見てみたい」

と、妙に分かり難い文になってしまったが、まあそのような願望が主になっているだろう。
しかしこうしたイメージはほとんど妄想であり、現実には存在しない。(「現実に多く存在」しているのなら、教育現場に大きな差し障りが出るだろうから、現状の方がいいとも言えるが)
もう一つ、仮に魅力的な容姿の女教師がいたとしても、学校内での、上履き、時にジャージなどの服装が魅力を減殺するし、何よりも多くの女教師がすぐに説教臭い雰囲気を漂わせ始めるのも「ファンタジーの中の女教師」とはかけ離れる大きな一因となっているだろう。

念のために書いておくけれど、別にわたしは「ファンタジーの中の女教師のような人がいればいい」とか、そのようなことを言っているのではない。
「現実」と「ファンタジー」はまったく別の存在である。
ここではエロティシズムの観点から、日本人男性の多くが持ち続けている「性的ファンタジー」についての小さな論考を試みているだけのことだ。

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〈「言葉」による革命〉・・・●末尾ルコ詩D「猫、ヴェイユ」篇。2017年8月23日 [「言葉」による革命]

●末尾ルコ詩D「猫、ヴェイユ」篇。

末尾ルコ詩D「猫、ヴェイユ」

でもシモーヌ・ヴェイユと
シモーヌ・ヴェイユは別人なのだ
シモーヌ・ヴェイユと
シモーヌ・ヴェイユが別人なんて、
それは日常的にあり得ること
ああ、「エロディアド」

・・・・・・

ぼくの素敵なネコは
宇宙の中で
完璧に唯一の
ぼくの素敵なネコ!

(毎日、「末尾ルコ詩D」を書いてみましょう!わたしの創ったものを写すのではなく、ご自分で創ってみるのです)

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●若き日のポール・ニューマンがあまりに美しい『左ききの拳銃』。 [「言葉」による革命]

●若き日のポール・ニューマンがあまりに美しい『左ききの拳銃』。

末尾ルコ「映画話題で、知性と感性を鍛えるレッスン

子どもの頃に「一番素敵な顔」だと思っていた俳優はポール・ニューマンだった。
ポール・ニューマンほどの大スターではないが、ロバート・ショウの顔も大好きだった。
「だった」と過去形で書く必要はない。
今でも二人の顔は大好きだ。
最近ポール・ニューマン主演、アーサー・ペン監督の『左ききの拳銃』を観て、改めて心底感じた。
若き日のポール・ニューマンの顔は、大理石の彫刻そのものである。
ミケランジェロが掘り出したかのごとき、完璧なフォルムの顔だ。
あまりに美しく、しかも男臭い。
男臭く、しかしマッチョではなく、デリケートで知的で、そしてワイルドアウトローで、しかも存分に正統的でもある。
ニューマンの顔を見ているだけでも当然となる90分強が『左ききの拳銃』である。

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