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[ダイヤ]「言葉」による革命・「美」による革命[ダイヤ]  「末尾ルコ 革命広場」/「末尾ルコ 会話芸術」高知(土佐)薊野より全国、世界へ ●〈「言葉」による革命〉・・・「自然な国際感覚」錦織圭の場合。2015年2月10日 [「言葉」による革命]

※2015年3月27日配信予定 末尾ルコ メルマガ(有料)より抜粋。

●「テニス選手のすべてが」というわけではないでしょう。
しかし今の日本で最も目に付くスポーツ選手である錦織圭、そして最も目に付くスポーツ解説者である松岡修造が「そう」であるので、ひょっとしたらティーンの頃から国際試合に慣れているテニス選手にある程度共通している「美点」ではないかと考えるようになりました。
その「美点」とは何か?

「自然な国際感覚」

です。

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●子供たちの国語力を上げる!
あなたの言語能力を上げる!



高知を「日本史上初の自由・知性・美の革命運動の地」とする。
高知を「世界最高の日本語を使う場所」とする。
 ↓
高知で暮らせば「世界最高の日本語」を身に付けることができるという認識を日本国内、そして海外に広める。

高知は「日本史の流れを変えた革命の地」として歴史に残り、住民は誇りを持って暮らし、他地域から訪れる人、移住する人も絶えることがない。

※そんなこと不可能だとお思いですか?私は可能だと考えています。そのためにあなたのご参加が必要です。

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極限の愛、日常の愛、その言葉 2015年2月10日 [愛の景色]

1月30日の午後、右横を向くと君がいて、
その純粋な綺麗さときたら、
ぼくは毎日のように会っていても、
毎日のように驚いているよ!

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〈「言葉」による革命〉・・・末尾ルコ傑作詩「アンナ・ニクーリナの四肢」篇。2015年2月10日 [「言葉」による革命]

●末尾ルコ傑作詩「アンナ・ニクーリナの四肢」篇。

アンナ・ニクーリナ
その四肢は
とても長くて
長過ぎず
とても心を
震わせる
息苦しいほど
震わせる

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末尾ルコ傑作詩「高知市で、トッド・ブラウニングと池田学を」篇。『驚異のはちきん小説!「はちきん」と呼ばれる女』その8。末尾ルコ「映画俳優演技論」~50歳を超えても魅惑的な「女」ジュリアン・ムーアに最高度の敬意を! [吉高由里子]

[ハート]「末尾ルコ 革命広場」/〈「言葉」による革命・「美」による革命〉[ハート]

★「言葉」で「あなた」はもっと強くなれる。
「あなた」が強くなることで、「日本」はもっと強くなる。
高知から日本の隅々まで、末尾ルコ〈「言葉」による革命〉で、あなた自身があなたの住んでいる場所で「革命戦士の一人」に!

[スペード]現在実験的にブログをつついています。
その一環としてブログテーマや順位は表示しておりません。

●末尾ルコ傑作詩「高知市で、トッド・ブラウニングと池田学を」篇。

トッド・ブラウニングといえば、
かの「フリークス」の映画監督。
寄るなかれ、
触れるなかれ、
あなたが「退屈な常識人」として
生涯を無難に生きたいのであれば、
トッド・ブラウニングの
「フリークス」なんぞには。
わたしが「フリークス」を観たのは、
十何歳の時だっただろう、
高知県で、
高知市で。
そして近頃、
トッド・ブラウニングの
「魔人ドラキュラ」を観た。
ベラ・ルゴシ演ずる

ドラキュラ伯爵の
その後、
池田学の画を
観たのだよ。
それもまた、
高知県
高知市で。

●『驚異のはちきん小説!「はちきん」と呼ばれる女』その8。

 そんなはちきんと丘メヒー子にも初体面の時間があった。
 場所は高知市五台山。「おらんく中岡慎太郎小学校」の一階、2年パパイヤ組教室内である。(いささか奇態な学校名、クラス名に感じるだろうが、当該小学校の教育方針などに関しては、いずれ語られる日が来るかもしれない)
 海の気配が漂う五台山の麓にある教室。小学2年にして、既に校内でややアウトロー的ポジションを確立していたはちきんは最後方で教室の出入り口に最も近い席へ座っていた。かねてから転校生の話を聞いていた生徒たちは、軽く息を呑みながら担任教諭の到着を待っていた。
「来た!来た!」
 間違いなくクラスで一番の目立ちたがり屋である田川猿蔵が廊下側の窓越しに観察しながら叫んだ。
「女じゃ、女じゃ!何じゃ、でっかい帽子かぶっちゅうぞ!こんまいにでっかい帽子かぶっちゅうぞ!ギャ~ッハッハッハアアア~~!!」

●末尾ルコ「映画俳優演技論」~50歳を超えても魅惑的な「女」ジュリアン・ムーアに最高度の敬意を!

ミンスク「ラ・バヤデール」の音楽だけを、時に愉しみつつ。

「女」
「男」
ごくごく一般的な普通名詞だけれど、使われる文脈によってその意味は随分と異なってくる。
例えば
「男(女)なんてそんなもん」
と言う場合、話者は通常自らの乏しい見聞を元にした「決めつけ」により、「男(女)」全体を愚弄している。
このような言い方をする人の話はまともに聞いてはいけません。
さて、次の言い方はどうでしょう?

「死ぬまで男(女)でありたい」

この場合は大概、
「生きている限り恋愛対象として見られるような男(女)でありたい」
という意味を持っています。
これを「女優として」と考えてみましょう。
フランスはまだましですが、ハリウッドでも日本でも40歳を超えた辺りから、多くの女優に「母役」が回るようになります。
「母であり、女でもある」ではなく、「母のみ」という役が。
こんな「常識」をごく自然に打ち破っているのがジュリアン・ムーアなのです。

ジュリアン・ムーア主演
「マップ・トゥ・ザ・スターズ」
「アリスのままで」

ミンスク「ラ・バヤデール」の音楽だけを、時に愉しみつつ。

[スペード]マスメディアの操作」と「日本人の弱さ」によって膨張した人気者たちは、もちろん本物ではないし、「スター」でもありません。

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〈「言葉」による革命〉・・・末尾ルコ「映画であなたの人生をより強靭に、美しくする講座」~日本でもそこそこヒットのレア・セドゥ「美女と野獣」に刺激されてジャン・コクトー版も!2015年2月10日 [「言葉」による革命]

●末尾ルコ「映画であなたの人生をより強靭に、美しくする講座」~日本でもそこそこヒットのレア・セドゥ「美女と野獣」に刺激されてジャン・コクトー版も!

レア・セドゥ主演「美女と野獣」、ご覧になりましたか?
近年のフランス映画としては珍しく全国規模で公開された「美女と野獣」ですが、日本でもそこそこの観客動員があるようです。
わたしの思うに、「フランス映画と知らずに」観に来ている人もけっこういるんじゃないでしょうか。
別にどの国の映画でも楽しめればいいんですが、極力国籍は意識した方がいいです。
日本映画、アメリカ映画、フランス映画、イギリス映画、インド映画、韓国映画、ロシア映画、中国映画、スウェーデン映画、台湾映画、チェコ映画、スペイン映画、イタリア映画・・・。
・あなたは今までに何か国の映画を観ていますか?
実際は一つの映画が数か国かの合作であったり、そうでなくても様々な国籍を持つ人たちが関わっているのが普通です。
それでも多くの映画作品は如実に「国情」を映し出す。
「ストーリーが」とか言う以前に、「作風が」なんですね。
そのあたりの感覚が掴めてくればより映画を楽しめるし、人間的にも成長します。
「美女と野獣」について友人のフランス人フェノン(仮名)と話したんですが、やはり子供の頃に見たジャン・コクトー版は強烈な印象として刻まれているといいます。
当然ですよね。
あの強烈な美意識と映像を子どもの頃に観れば、ほとんどトラウマのように「一つの基準」として刻印されるでしょう。
だからですね、子どもに「子ども向け」のものばかり見せていてはいけません。(近頃では大人まで平気で「子ども向け」を見ていますが)
もちろん「選んで」ということになるけれど、子ども時代に「大人向け(と言うか、一般向け)」の映画なり小説なりにチャレンジさせてみる。
大切なことです。
さあ、まずはジャン・コクトー監督の「美女と野獣」でいきますか?

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