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●〈「言葉」による革命〉・・・「会話の極意」は「話題」から~「花の話題を贈ろう」。2018年3月2日 [「言葉」による革命]

※2018年3月6日配信予定 末尾ルコ メルマガ(有料)より抜粋。

●〈「言葉」による革命〉・・・「会話の極意」は「話題」から~「花の話題を贈ろう」。

はい。

「会話の極意」は「話題」から~「花の話題を贈ろう」。

このテーマ、続けていますが、あなたの中の「花」はどんどん咲き始めていますか?

どんなことでも同じなのです。
勉強でも同じ、習い事やあらゆる修行でも同じ。
どんなことでも、「同じ方法論」が適用できるのです。

つまり、

「それを日常のもの(習慣)とすること」。

はい。
どのようなことでも、それが自分にとって、「非日常」、あるいは「お客さん」と表現してもいいのですが、そうした状態の間は決して「血肉化」しません。

つまり、「本当に自分のもの」とならないのです。

(続きは、有料メルマガでお願いします)

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極限の愛、日常の愛、その言葉 2017年3月2日 [愛の景色]

いない方がいいと
言い聞かせたくなるほど
愛しい

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〈「言葉」による革命〉・・・●末尾ルコ「見る見る知名度の上がった広瀬すずはお嫌い?」。2018年3月2日 [「言葉」による革命]

●末尾ルコ「見る見る知名度の上がった広瀬すずはお嫌い?」。

末尾ルコ「映画で知性と感性を鍛えるレッスン」

日常的に出会う人たちにアトランダムに俳優や歌手、あるいは政治家など著名人とされる名前を話題にする。少し前まで「広瀬すず」と言ってもピンと来ない人が多かったが、一年ほど前からは極めて高い確率でピンと来る。これは情報弱者の多い高知で行っている活動だから、「広瀬すずは見る見るうちに全国的知名度」を獲得したと見做して間違いない。特に日本の場合、「知名度と実質」のアンバランスが顕著に見られるが、幸い広瀬すずは十分過ぎるほどの実質を伴っている。

しかし広瀬すずを嫌う人も多い。
広瀬すずをは確かに、「好き・嫌い」はかなり分かれるタイプであり、「だからいい」とも言えるわけなのだ。

●原稿依頼などは、気軽にサイドバーのアドレスへご連絡を!

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●山田姉妹へのメッセージ「お誕生日」 [「言葉」による革命]

末尾ルコ「音楽の話題で、知性と感性を鍛えるレッスン」

山田姉妹のお二人の、お祖母様、お父様、お誕生日おめでとうございます!BonAnniversaire!!
素晴らしいご家族あってのお二人だと思えば、どれだけ感謝してもしきれないくらいです。

お祖母様は86歳になられたのですね。なんて素晴らしいことでしょう。山田姉妹のお二人の熱烈なファンのわたしとしては、お祖母様のご健康も応援させていただきたいと思います。
では今一度、

お誕生日、おめでとうございます!

・・・・・・

3月7日、山田姉妹ニューアルバム(セカンド)
『ふたつでひとつ〜心を繋ぐ、歌を継ぐ』発売です!!!

山田姉妹の公式ブログ
https://ameblo.jp/karei1224/
山田姉妹の公式ツイッター
https://twitter.com/karei1224

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●声もなかなか出ない?田村正和『眠狂四郎 TheFinal』の苦しい演出~『ギターを持った渡り鳥』、その函館ロケの映画的快感。 [「言葉」による革命]

●声もなかなか出ない?田村正和『眠狂四郎 TheFinal』の苦しい演出~『ギターを持った渡り鳥』、その函館ロケの映画的快感。

末尾ルコ「映画の話題で、知性と感性を鍛えるレッスン」

Mark Guilianaのミックス・リストを聴きながら、この文章を書いている。

『眠狂四郎』と言えば、「市川雷蔵」であって、それは雷蔵=狂四郎を熱烈に愛したファンにとって金輪際変わることのない思いであるに違いない。
リアルタイム雷蔵=狂四郎から遥か後の時代にファンになったわたしとてまったく同じ思いなのだ。
もちろん他の俳優たちの演じた『眠狂四郎』を貶めるつもりはまったくないが、雷蔵=狂四郎はもう不動の玉座に位置し続けているのであって、それは未来永劫変わることがない。
田村正和がテレビドラマで『眠狂四郎』を演じていたことは、「知っていたような、知らなかったような」といったところだった。
田村正和のファンだったことはない。
しかしこの2月、田村正和主演で『眠狂四郎 TheFinal』が放送されたもので、(ちょっと観てみようか)となった次第。

田村正和がテレビドラマ『眠狂四郎』で好評だったのは1972年のことだという。
高知で放送されていたかは知らないが、一度も観た記憶がないのは確実だ。
しかし『眠狂四郎 TheFinal』の田村正和が、72年の田村正和とあまりに違っているだろうことは容易に想像がつく。

『眠狂四郎 TheFinal』は表情にも身体全体にもまったく覇気がなく、顔ははっきりと映さないし、声もかすれて喉の奥からようやく出ているような感がある。
既に書いたように、わたしは72年放送の『眠狂四郎』を観ていないので比較はできないが、少なくとも『眠狂四郎 TheFinal』に関しては、主演がこの状態では愉しむことはできなかった。
もちろん作品全体の作りも実に緩く、主演俳優だけの問題ではないのだが。

ところで、『ギターを持った渡り鳥』を初めて鑑賞したのである。
「今頃初めてとは何だ!」の世界ではあるが、案外このようなエンターテイメントシリーズは、リアルタイムでなければ後回しにしてしまうものなのだ。
やはり「日本映画をしっかり観よう」という機運になれば、まず黒澤明、小津安二郎、溝口健二、成瀬巳喜男ら、「歴史的巨匠から」ということになるもので。

『ギターを持った渡り鳥』、おもしろかったのである。
以前から石原裕次郎にはピンとこないわたしだけれど、小林旭なら何となくしっくりきそうな予感はしていたが、正解だった。
敵役の宍戸錠もよかったし、全盛期の浅丘ルリ子も人形のような美貌だった。
それ以上に魅力を感じたのは、ロケ地である函館の撮り方だ。
横長であるスクリーンの形態を見事に生かし、胸のすくようなショットが連発される。
それは登場人物たちの背景でありながら、「もう一人の主役」と言ってもいいほどの映像的魅惑を発散し続けていた。


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