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●〈「言葉」による革命〉・・・・「戦いの最前線」は、「家庭」・「カフェ」、そして「あなた」~「セクハラ撲滅」は、「あなたの行動」から!『ブラックパンサー』を「子どものときに観ていたら」と言う「BlenaSahilu 」、あるいはカンヌのケイト・ブランシェットの姿。2018年5月17日 [「言葉」による革命]

※2018年6月5日配信予定 末尾ルコ メルマガ(有料)より抜粋。

『ブラックパンサー』という映画が世界を席巻し、米国だけでなくアフリカ大陸の国々の黒人の人たちをも大いに勇気づけているというリポートが数々のメディアで伝えられている。
例えば、「BlenaSahilu 」(https://twitter.com/blenasahilu)というエチオピアの女性活動家が、「この映画を子どもの頃に観ていたかった」という意味の発言をしていて、これはとても深い意味を持った言葉だと思います。
子どもの頃にどんな人や、あるいは何らかの創作品の影響を受けるか、自分の周囲に

「人生の師」と言える

人物や創作品があるかどうか。
あるいは、

「人生の目標」とできる存在ですね。

「自分の周囲」をいうのは別に「物理的周囲」でなくてもいいのです。
『ブラックパンサー』のように映画でもいいし、ミュージシャンや作家、そして政治家でもいい・・・つまりメディアを通じての存在でもいいのです。

「こんな存在になりたい」という対象。

しかしそれはもちろん、「中身」を伴っていなければなりません。

例えば先ごろもお話した、2018年カンヌ国際映画祭審査委員長のケイト・ブランシェットのような存在ですね。

日本には誰かそんな存在がいますか?
いないですよね。
あるいは、多くの日本人は2018年カンヌ国際映画祭審査委員長のケイト・ブランシェットの颯爽とした姿を知っていますか?
知らないですよね。

この状態がとても問題なのです。

(続きは、有料メルマガでお願いします)

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極限の愛、日常の愛、その言葉 2017年5月17日 [愛の景色]

あなたのエレガンスの
秘密はもう
理解できているさ

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●山田姉妹へのメッセージ「世界で最も美しいお花」 [「言葉」による革命]

●山田姉妹へのメッセージ「世界で最も美しいお花」

末尾ルコ「音楽の話題で、知性と感性を鍛えるレッスン」

(この日、山田姉妹は逗子市のコンサートでいただいた花束の写真をSNSにアップしておりますた)

これは素晴らしいですね~。お花の名をすべて当てることは難しいですが(笑)、薔薇が多いことは間違いないですね。そしてもし次のクイズをお出しになるとすれば、わたしは即答できます。「この世界で最も美しいお花は何ですか?」「はい、山田姉妹様というお二人のミューズと、そのお声です!」RUKO


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●『避暑地で魔が差して』で「おっぱい(←敢えてこの言葉を使ってます)ポロリ」、ローラ・ル・ランのエロスと比べたら、杉本彩の『花と蛇』は [「言葉」による革命]

●『避暑地で魔が差して』で「おっぱい(←敢えてこの言葉を使ってます)ポロリ」、ローラ・ル・ランのエロスと比べたら、杉本彩の『花と蛇』は

末尾ルコ「映画の話題で、知性と感性を鍛えるレッスン」

『避暑地で魔が差して』という映画があって、ヴァンサン・カッセル、フランソワ・クリュゼというフランス映画界の大御所二人が主演だ。
バカンスでコルシカへ滞在しに来た中年男性の親友二人。
どちらも十代後半の娘を連れてきている。
ところがフランソワ・クリュゼ演じるアントワーヌの娘ルーナが、ヴァンサン・カッセル演じるロランに対して男性としての興味を持ち、積極的に誘惑を初めて・・・。
というストーリーで、男のフェロモン衰えずのヴァンサン・カッセル相手であれば、ハイティーンの娘が興味を惹かれてもむべなるかなという説得力はもちろんあるのだが、親友の娘であるルーナが自分を誘惑するなんて(とんでもない!)とカッセルは拒絶するのだけれど、ルーナを演じるローラ・ル・ランが魅力的で間もなく「カッセル、陥落」となってしまうあたりも説得力がある。

で、作品中、ロランがルーナにグッと、性的に惹かれるシーンの一つがあって、とても上手いなと感じた。
それは、

「波打ち際で遊んでいるルーナのビキニがずれて、右のおっぱい(←敢えてこの言葉を使っています)がポロリと露出してしまう」

というシーンだ。
もちろんルーナを演じるローラ・ル・ランが大人の魅惑も兼ね備えた少女であるからこそのシーンではあるが、下手くそなラブシーン、ベッドシーンなどよりも遥かに扇情的であり、誘惑を拒絶していたロランが落ちてしまう過程としては実に説得力があった。

どのような状況を目の当たりにすると性愛的欲情が沸き上がるかはもちろん人それぞれに違いないけれど、

「思いがけず、着衣がずれる、その結果として通常は隠れているべき部分が露出してしまう」

という状況のエロティシズムは、どちらかと言えば日本人が得意としていた感覚だと思うのだが、フランス人にもそうした感覚があるどころか、映画の中で巧みに使われている。
逆に日本映画ではついぞ(ほう、これは・・・)というエロティックなシーンにお目にかかることはない。
そもそも心地よいエロスを感じさせる女優などほとんど見当たらない現状であるし、「壁ドン」なんていう幼稚でしかもDVな行為を有難がっているようでは、本当にクオリティの高いエロティックな映画などできるはずもない。
例えば団鬼六原作の『花と蛇』の主演が杉本彩だったのだけれど、これなんかもう、「全然、違う!」と叫びたいくらいだった。
(え?この人が?)という意外性が日本的SM世界のエロティシズムなのに、杉本彩のように最初から「あからさま」な女優をキャスティングしていてはダメなのである。


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