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極限の愛、日常の愛、その言葉 2019年7月17日 [愛の景色]

それは痙攣
止まらない痙攣
止まったと思うとすぐに始まる
痙攣
つまり止まってない
痙攣
深夜にも
あなたを想う
わたしの痙攣


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●我が母、心臓バイパス手術後、大転子部不全骨折後闘病記113日目~入院患者だけでなく、人間にとって大きな課題の「排泄」。 [「言葉」による革命]

●我が母、心臓バイパス手術後、大転子部不全骨折後闘病記113日目~入院患者だけでなく、人間にとって大きな課題の「排泄」。

7月10日(水)手術後113日目
転院77日目

昨夜の記事で「失敗のないようにしなければならない。」と書いたが、見直した時には、

「失敗の内容にしなければならない。」

となっていた。
並べてみよう。
「失敗のないようにしなければならない。」「失敗の内容にしなければならない。」
意味はほぼ真逆になる。
手書きであれば、「ないように」を「内容に」とは絶対書かないはずで、こうした間違いが起こるのは変換作業ならではだろう。
それはさて置き、ことわざや故事成語を集めた辞典やサイトなどを見ていると、今までにまったく見たことも聞いたこともなかったものもあるし、それに近いものもある。
もちろん知っている人は知っているのだろうが、余程ことわざ・故事成語に積極的でなければ生涯知らないままであろう言葉も多く、「生涯知らなかったはずだった物事を知る」という経験は、思えばなかなかエキサイティングである。
なのでこれからは、珍しいことわざ・故事成語などの紹介もしていきたい。
まあ人生、「生涯知らなかったはずだった物事を知る」といった経験はいくらでもできるもので、そうしたことにどれだけワクワクできるかも、豊かに生きるための精神性の一つなのですな。
例えばある午後に小雨が降ってきて、そりゃあ誰だってその時々に辛いこと哀しいこと、何とも譬えようのない憤懣もあるだろうけれど、窓の向こうに緩やかに降る小雨を見て(美しい)としばし安らいだ気持ち、人生の愉しさの一つとして感じ取れるか取れないか…間違いなく前者の方が豊かであり、本当の意味での得な人生を歩んでいるのかなと思います。

それにしても、これは入院中の話だけではないのだけれど、人間にとって「排泄」がいかに重大問題か、つくづく身に沁みる今日この頃なのである。
「母の闘病記」をずっとアップしているけれど、毎日起こる出来事すべてを記すなんて真似はできないし、やるべきでもないわけで、アップしているのは「ブログ記事として相応しい、少なくとも悪くない」とわたし自身が判断した内容である。
書きたくても分量的に書けない出来事もあれば、書く必要がないとわたしが判断したもの、あるいは書くべきでない、書かない方がいいなど、いろんな取捨選択が働いているのである。
まあぶっちゃけ、いろいろな意味で「あまり書いていない」のが排泄に関する話題で、母は入院以来まだ自立歩行できてないのだから、排泄に関するトラブルは今まで山のようにある。
特に現在、まだ自立歩行できないけれど、それ以外はどこといって痛いとかしんどいとかいう部分はないわけで、それだけに排泄に関して生じる精神的ストレスは極めて強くかかっている。
そして痛感するのが、いかに化学が進んでも、人間は「どんな状況の人でも気持ちよく排泄できる」境地には程遠いのだなあという事実だ。

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